第四百十六夜

 

ここ三ヶ月の間に、気付けば七キロ程も体重が増えていた。自分の体重に対して十パーセント、太り気味の飼い猫丸一匹よりも大きな質量が、腹やら尻やらに蓄えられたことになる。

仕事を終えての帰り道、途中で立ち寄るスーパ・マーケットの惣菜が豪華になったのが主な原因と思われる。これまでより帰宅時間が早まって選択肢が増えるとともに、これまで惣菜を買っていた人達が自炊を始める傾向でもあるのか、惣菜全般の値段が少しばかり安くなっているのだ。それが全国的にそうなのか、私の通う店だけの対応なのかまでは定かでないが、私の腹と尻との質量が増加したことだけは間違いない。

幸い昔から顔には脂肪が付きにくい質で、周囲から指摘されるようなことも今のところはない。大きな事故にならぬうち、週末には下着とズボンを新調しよう。帰宅後に少し時間をとって、ジョギングやらウォーキングやらをしてみるのもいいかもしれない。運動用の靴や服は何処に仕舞っただろうか。見つかったとして、特に下半身はちゃんと履けるだろうか。

酒のツマミになりそうな物を適当に見繕って買い、住宅街の路地へ入る。暫く歩くと四辻の角に古くからの酒屋がコンビニエンス・ストアになったものがあり、その向かいが駐車場になっている。その横を通り掛かると、足元からニィと甘えるような声がする。

立ち止まって声を振り返ると、駐車場の車の下、ちょうどナンバー・プレートの影から一匹の三毛猫がこちらを見上げている。彼女は私と目が合うともう一度ニィと鳴く。

コンビニの客に餌をねだっているのだろうか。野良にしては顔付きに厳が無く、長く密な冬毛の艶も良い。耳に切り込みがないから地域猫というわけではなさそうだ。猫は好きだが、不幸な野良を増やすつもりはない。心の中でごめんねと謝ってその場を去ろうとした瞬間、目の前の細い路地へ猛スピードで突っ込んできた車が、無理に十字路を曲がろうとハンドルを切ったのか、コンビニの入り口の角へ突っ込んだ。

猫に呼び止められて数秒立ち止まっていなければ、丁度あの辺りを歩いていたかもしれない。

運転手や店員が現れて俄に騒がしくなる中、猫に礼でも言おうかと思って車の下を覗き込んでみたが、事故の音に驚いてにげてしまったか彼女の姿は見当たらず、正月休み中にどこかに仕舞い込んだはずのキャリー・ケースでも持って探しに来ようかと思いながらその場を離れた。

そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ