第七百九十九夜

 
 トレイに載せたカップ二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、私、ついにちょ能力に目覚めた!」
と聞こえてきた。
 私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
 マスカットと生クリームをウェハースで掬いながら、
「え、何?今まで寝てたの?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せてからサクリと音を立てて齧る。
「そう、私の中にはまだまだ未知なる能力が眠っているの」。
ポニーテイルの少女は栗のタルトをフォークで不揃いに切り分けながら、テーブルの向こうに坐るベリーショートの少女へ鼻息荒く宣言する。
「いや、せっかくボケたんだから拾ってよ。ていうか、ちょ能力って何よ。噛んだ?」
「ううん。お答えしましょう、ちょ能力はね、ちょっとした能力のことなの」。
 二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。今日はまだ八月の最終週だが、今年は夏休みの入りが早かった代わりに開けるのも早いらしいと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
 左手で制服のスカートのポケットを探ってハンド・タオルを取り出したベリーショートの少女は、
「なにそれ。超ってほどのことはないけど普通でもないってこと?」
と問いつつ右手に付いたウェハースの粉をタオルに落とす。ポニーテイルの少女は一口大に切断されたタルトの各々へ、螺旋状に飾られたマロンクリームを分配しながら、
「うん。別に何かに役立つってわけでもないんだけどね」
と説明する。ベリーショートの少女が、
「役には立たないんか。んで、何が出来るの?」
と言うと、
「こうさ、眉毛の間に指を近付けると、なんだかむずむずしない?」
とポニーテイルの少女が実演して見せ、やや寄り目になる。
 その顔に思わず吹き出したベリーショートの少女はしかし、
「わかるわかる。小学生の頃に授業中とかよくやったわ」
と、シャインマスカットのヨーグルトソース・パフェをつつく。ポニーテイルの少女は、
「目を瞑って」
と要求し、素直に従うベリーショートの少女の眉間に人差し指を近付け、
「どう?わかる?」
「うん、わかる。久々だけどやっぱりむずむずする」
とやり取りしたかと思うと、直ぐに指を引っ込める。
「まだむずむずする?」
「うん。なんだが指をぐるぐる回してる?」
「目、開けていいよ」
と言われて目を開けたベリーショートの少女はそこに相手の手の無いことに目を丸くして、
「嘘。え?いつの間に?ひょっとして最初から?」
と尋ねられ、ポニーテイルの少女は満足気に秋栗のタルトを頬張った。
 そんな夢を見た。

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