第四百十五夜

 

一週間分の食料を買い込んで、両肩に大きな買い物袋を掛けてマンションの共用玄関のガラス戸を潜り、重い荷物がずり落ちぬよう気を遣いながらオートロックを開ける。

エレベータ・ホールには、運悪く二台のエレベータのどちらも待機していない。キィ・ケースの角でボタンを押し、曇った眼鏡の向こうに階数表示の数字が小さくなるのを眺めながら到着を待つ。

ややあって箱が下りてくると、窓越しに見える内部は暗い。無人で昇降する間は節電のために内部の照明が切られる設定なのだ。移動が完全に終わり、扉が開き始めると同時に照明が点く。
内部が無人なことは分かっているのですぐさま乗り込み、振り返って階指定のボタンを押し、続いて閉ボタンを押す。

直ぐに扉が閉まり始まり、手持ち無沙汰に操作パネルの上部にある階数表示に目を遣る。
と、突然ガタンと音がして扉が再び開き始める。外から誰かがボタンを押したということは無い。窓の外に誰の姿も見えないのだから当然だ。無論、自分で開ボタンを押した訳でもない。

一体何かと思い、念の為に箱から顔を出してホールを眺めてみるが、矢張り無人だ。首を傾げながら箱の中に戻り扉を閉めると、また途中でガタンと鳴って扉が開く。

ただ、今度はその扉を注視していたために気が付いたことがある。扉の中心、物を挟まないか検知するのに凹む部分が、何かに当たったように引っ込み、それに反応して扉が開いたのだ。

分かってしまえば後は簡単、扉が引き返した辺りの床の隙間を見れば、溝に何かが挟まっている。

肩の荷物を下ろしてしゃがみ込み、扉を尻で抑えながら、意外に強く嵌まり込んでいるそれを引き抜くと、ちょうど楔のように食い込んでいたのは女物の赤いエナメルのヒールが折れたものだった。

これで一安心とそれをエレベータの前に置き、箱に戻って荷物を肩に負う。今度はきちんと扉が閉まり、上がっていく階数表示を眺めながら、ヒールが挟まっていて扉が閉まらないのなら、この箱は下りてこられないこと、自分が乗ってから挟まったのだとすれば、自分の気付かぬ間にそんなことができよう筈も無いことに気が付いて、外より遥かに暖かいエレベータの中で身震いした。

そんな夢を見た。