第八百十八夜
ここ数日秋の長雨が続いて洗濯物がたまってしまった。顔を洗って直ぐに洗濯機を回し、簡単な朝食を摂る。
一通り洗い物を済ませたところで第一陣の洗濯が終わる。洗濯機から籠へ洗濯物を取り出し、代わりに第二陣を洗濯機に放り込んでスイッチを入れ、籠をベランダの物干し台へ運ぶ。前線が通り過ぎて一面澄み渡った青空の、ビルに四角く切り取られた僅かな一角を見て秋を感じながら、厚手の布地の皺を伸ばしながら干してゆく。
デニムのズボンを洗濯バサミでハンガに固定して竿に掛けたところで、背後からガチャンと大きな音がする。何かと思って振り返ると、咥え煙草の茶髪の男性がキョロキョロと辺りを見回している。思わず叫び声を上げると彼は謝罪の声を上げ、手に提げたコンビニ袋を鳴らしながら背後の扉を開け、転げるように部屋を出る。
ゆっくりと扉が閉じて五秒を数えると、ガチャリと錠の掛かる音がする。無線機能の付いたオートロックで、私の持つ鍵が室内にあるとこうして自動でロックされる。鍵無しにロックの解除はできないはずで、今の男はそれを持っていたというのだろうか。
兎も角通報しなければと思いスマート・フォンを取りに部屋に入ると、お隣の玄関ドアで何やらガチャガチャと音がして若い男女の声が聞こえてくる。鍵がきちんと閉じていることを目視で確認し、揚げ物の鍋に対するような慎重さでドアへ近付き、チェーンを掛け、さっと離れる。そのままドアから目を離さずにスマホを構える。百十番を打ち込んで発信ボタンを押そうとするまさにその時、インター・フォンが鳴り、
「隣の者ですが、先程はすみませんでした」
と扉越しに女性が声を掛けてくる。インター・フォンを使えば良いものを、煙草の残り香を不愉快に思いながら混乱してそのまま扉越しに話をする。
先程の男性は隣の女性の彼氏だったらしい。朝食を買いに出掛けた帰りに、一つ部屋を間違えて入ってしまったのだという。お詫びを云々と言われても恐ろしい、警察を呼ぶと言うとせめて不動産屋で穏便にと言われ、渋々了承する。
十分ほどして不動産屋がやってきて、四人で部屋の前に立つ。茶髪の男性曰く、先程はキィを持って隣の部屋の暗証番号を入力したところ、何の違和感もなく解錠されて部屋に入ることが出来たのだという。そこで色々と検証をしてみたが、お隣の部屋の鍵を持った彼が何度私の部屋の解錠をしようと試みても上手く行かない。不動産屋のお兄さんも、対応する鍵以外で開くようには出来ていないと説明し、それは当然のことだと思う。
私の部屋の番号は知らないと言い張るが、結局開けられないフリをしているだけではないかという疑念は残って、彼の負担でその日のうちに別の錠を取り付けることになった。
そんな夢を見た。
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