第八百三十一夜

 

 二学期の期末試験が終わった今日、終業式まで暫く授業が無くなるのに合わせて我が野球部の合宿が始まった。
 乾いた北風に吹かれながら汗を掻いたが、試験までの二週間ほどで随分と体が鈍っているのがわかる。冬の短い陽が沈むまでの練習で皆へとへとで、継続は力というのを今なら体で理解できる。食堂でそんな話をしていると、
「勉強の方も同じだぞ。特にお前らは」
と、遠くの席から地獄耳の監督が声をかけてくる。
 体力はともかく、野球の方は継続してもあまり上手くならないなぁとおどける一塁手志望の一年生へ、
「うちのグラウンドで練習してたら、守備だけは絶対に上手くなるぜ。特にファーストはな」
と先輩が意味深に笑う。
 どういうことかと尋ねると、
「うちには幽霊部員がいるんだよ」
と両手を胸の前にだらりと下げる。入部だけして練習に出ない部員のこと、ではないらしい。
 なんでも、グラウンドでの内野へ打球が飛ぶと何故か皆一塁への送球のタイミングが異様に早くなる、それに合わせて動こうとするので、一塁手は皆動きが機敏になるのだそうだ。一体何故そんな事が起こるのか。
「他の内野やるとわかるんだけど、捕球して一塁方向を見るともうバッチリ構えた奴がこっちに目線送ってるんよ。それで投げるんだけど、投げてみるとまだファーストが塁に入るところで、『アレ?』ってなる」
「それが、部員の幽霊ってことですか?」
「監督に聞いても、別に過去の部員に不幸があったとかはないらしいんよ。先輩らも代々、ファースト守備の上手い幽霊がいるって言ってて、まあ実際みんな体験するんだけど、何なんだろうな」。
 そこまで話すと先輩は、ペラペラと喋りながらいつの間にか平らげていた丼飯のお代わりをしに席を立った。
 そんな夢を見た。

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