第八百三十二夜

 

 冬休みに入ると直ぐに新幹線に乗せられて、妹と一緒に母方の祖父母の家へ預けられることになった。両親が共働きなので、二人の仕事納めまで昼間の面倒を見られなくなる故の措置だ。
 着替えやら冬休みの宿題やらで大きく膨らんだ荷物を膝に乗せて座っているうちに列車は目的の駅に着く。降りたホームには祖母が待ち構えていて、導かれるままに小綺麗なロータリィへ出るとクラクションが鳴る。振り向くと祖父が雪の舞い込むのも気にせず車の窓を開けてこちらに手を振っていた。
 荷物をトランクに仕舞い込んで三人で車に乗り込むと、新幹線でさんざん座ってきたろうに、また暫く座らせてしまって悪いと祖父が謝る。妹はその言葉のきつい訛りが理解できないのだろう、ぽかんと口を開けて私の顔を見上げる。
 祖母が通訳しながら小一時間走ると、山間の街に入り、周囲の頂上付近に所々雪の積もっているのを見つけて妹が喜ぶ。川向こうの少し高い辺りに祖父母の家が見え、ほらもう少しの辛抱だと祖父が楽しそうな声を上げる。
 川の脇を走っているとその窄まるところに、古いが頑丈そうな石造りの橋が見え、しかし祖父はそれを素通りする。
「あれ、あの橋は渡らないの?」
と尋ねると、もう少し先に新しい橋があるのでそちらを渡るのだと言う。あの橋からでは祖父母の家につかないのかと尋ねると、そういうわけではないそうだ。では古そうだから車では渡れないのかと重ねて問うと、そういうわけでもないのだけれどと言って口籠る。
 すると祖母が楽しそうに、
「お祖父さんはこれで信心深くってねぇ」
と含み笑いをしながら後部座席を振り返り、
「あの橋は人柱を立てたものだから、使わないで済むなら使わないほうがいいんだって、近寄ろうともしないの」
と今度は横目で祖父を見る。
 見られた方はむきになって、あの橋はもう老朽化で危ないんだ、それを人柱になった男が化けて出て警告する、補修や建て替えをしようとすれば必ずそいつが出てきて、建て替えてもここは駄目、新しい人柱を建てなきゃならなくなると、工事を妨害するっていうんだ、と捲し立てる。
 だからそれは町長とどこそこの社長の利権で流した噂話でしょう、いやそんなことでこのご時世に幽霊話なんかでっちあげるかと言い合いを初めた二人の後ろで、妹はこちらを見上げ、
「ひとばしらって何?」
と首を傾げた。
 そんな夢を見た。

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