第八百四十一夜
同棲している彼女が仕事から帰ってきて、風呂に入っている間に夕食を作る。葉物野菜の値が漸く落ち着いてきたので、今日はコラーゲンたっぷりの鶏鍋である。
タオルを頭に巻いて上がってきた彼女は鍋の香りに素直に喜びを示し、食卓周りの準備を始めながら、
「今日ね、変な通報があったの」
と切り出した。守秘義務は大丈夫かと遮ると、配慮しながら喋るからと話を続ける。
今日の夕方頃、彼女の受けた通報が奇妙だったと言う。こちらから尋ねる前に「救急です」と落ち着いた若い女性の声で宣言し、その割に落ち着いた声で患者の容態の説明や山奥の現場の道案内を淡々とこなして電話は切れた。
「消防の関係者か、ひょっとすると警察関係者かで慣れてたとか?」
と尋ねるが、それにしても動揺の気配が微塵もないのは異様だったと言う。
だが、異様だったのはその点だけではなかったようで、
「それにね、案内された現場は山奥の私有地で、平日の夕方に若い女の人が通りすがるようなところじゃなかったの」。
ひょっとしたら山の神様が通報してきたのかしらと彼女は笑った。
そんな夢を見た。
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