第百五十夜

 

「チュン子、チュン子」。
そう名前を呼びながら裏山を歩き続けてどれくらい経ったろうか。喉も枯れ、脚も棒になって久しい。

それだけ探し回っても、妻の逃してしまったチュン子は見当たらなかった。広い裏山に雀一匹を探しているのだから、藁束から針を拾うより難しくて当然である。

しかし、どんなに困難であるといっても、諦める訳にはいかない。糊を嘗めたという程度のことで舌を切った妻の理不尽な暴力を、何としてでも詫びねばならない。

もちろん詫びたところでチュン子の舌の元に戻るでもなければ、チュン子が何を得するわけでもない。単なる自己満足であることは明らかで、それを理解していて尚、詫びずにはいられないのである。
「チュン子、チュン子」

掠れた声を上げ続けていると、かさかさかさと足元の笹薮が揺れる。見れば大きなクマザサの葉に乗った一羽の雀が、こちらに向けて羽を振っている。チュン子である。

チュン子は私と目が合うと、ピィと一鳴きしてこちらに背を向け、笹の葉の上を奥へぴょんぴょん跳ねて行く。
「おい、待ってくれ」
と棒になった重い足を引き摺りながら追いかけていると、気付けば立派な宿の玄関、まるまる肥った大きな雀がずらりと並んでこちらを見ているところに迷い込んでいた。皆、人間と変わらぬ大きさに見える。彼らが大きいのか、それとも私がいつの間にか小さくなっていたのだろうか。

呆気にとられながらもそんなことを考えている私に、中央のひときわ立派な雀が、
「よくお越し下さった」
と、隣の小柄な雀の頭を押しながら、一緒に頭を下げてみせる。その小柄な雀がチュン子であることはもう自明のように思われて、
「いえ、チュン子には、どんなに詫びても詫びきれない、酷いことをした。許してくれなどとは口が裂けても言えない。この通りだ」
と、枯れた声を振り絞ってその場に膝をついて頭を下げる。
「いやいや、話はこの子から全て伺っています。貴方は傷付いたこの子を手当して下すっただけ。それに、こうして心配して追いかけてきて、そうして頭を下げてくださる誠実なお方じゃ」。

宴会の支度があると言って中へ招かれると、
「ここまで疲れたでしょう。喉も悪くなってお可哀そうに」
と、何やら甘い蜜を舐めるように言われる。雀に伝わる、何にでも良く効く薬で、これのお蔭で雀はどんなに歌っても喉が枯れない、チュン子の舌もこの薬でもうすっかり治ってしまったという。

私はそれを聞いてすっかり安心し、見たこともない大きな粒の白い飯と豪華な料理と旨い酒とをご馳走になった。

雀達とすっかり仲が良くなったところでふと我に返り、
「すっかり晩くまでお邪魔してしまった。妻も心配しているだろうから」
と暇を乞う。

大きな雀は
「それなら、どうぞお土産を」
と言って、二つのつづらを持って来させ、
「どちらか片方、お好きな方をお持ちください。ただし中身は帰ってからのお楽しみ。家に着くまで決して開けてはなりません」
とにこやかに笑う。

その広げてみせた羽の下には、二つの大きなつづらが並んでいた。

そんな夢を見た。