第百二十四夜

 
塾の居残りで遅くなり、久し振りに独り夜道を歩くことになった。

ベッド・タウンの繁華街は狭く、二分も歩けばそこはもう人通りの少ない住宅街で、大通りから折れ、疎らな街灯がぽつりぽつりとアスファルトに光の円を描いているだけの小径に入ると、その暗さからか首の後に悪寒が走る。

どんなに文明が進んでも人間は闇を恐れるものなのだろうか、否、むしろ文明が進んで闇の体験が減れば減るほど却って闇を恐れるようになっているのかもしれないなどと、先程まで解いていた国語の文章題に影響されて小難しいことを考えてみる。

自宅にほど近い公園まで来て、連絡網で変質者の情報が出回ったのを思い出す。春はそういう人が増えるのだという。

公園の植え込みに沿って歩いていると、街灯の下に真っ赤なロングコートを着た人影が見えてドキリとする。が、長い髪とパンプス、華奢な体型から女生らしいとわかってやや安心する。少し近付くと、白いマスクをしているのがわかる。風邪の予防か、花粉症だろうか。しかし、スマート・フォンを見るでも探し物をするでもなく、ただ街灯の下に立ち尽くしているさまは十分に異様で、なるべくそちらを見ぬように脇を通り抜けようと足を速める。

足の動きを意識しながら歩き、その横をすれ違うとき、
「私、キレイ?」
と、女がマスクの下から声を掛けてきた。思わず足を止めて振り返れば、艶のある黒髪の下に、泣き腫らしたような瞼に挟まれて黒目勝ちの大きな目がこちらを見つめている。鼻から下がマスクで隠れているので顔全体はどうかわからないが、
「はあ、キレイだと思いますけど」
と答える。すると、女は「これでも?」と言いながらマスクを外し、
「くちゅん」
と、音を抑えたくしゃみをする。
「花粉症、大変ですね……」。

そんな夢を見た。