第百二十一夜

 

久し振りの陽気に誘われて、買い物袋を提げながら川岸の遊歩道を歩く。普段なら駅から直ぐに自宅へ向かうのだが、ちょっと脇道へ入れば川沿いに出て、しばらく下流へ向かった先でまた脇道から自宅へ戻ることが出来るので、ここへ越してきてから気の向いたときにはよく寄り道をするようになっていた。

川の向こう岸のグラウンドから少年野球の声援が聞こえて、そちらを眺めながらしっとりと湿った土手の土を踏む靴底の感触が心地よい。

ふと川に何か白いものが動くのが目に入り、鳥か何かかと目を凝らすと、藁で編まれた一艘の小舟が少しづつこちらへ近付いてきているのがわかった。

今日が三月の四日であることを思い出し、
――流し雛だろうか
と思い当たる。この辺りでそういう習慣があるとは聞いたことがないから、昨日上流で誰かの流したものが流れてきたのだろう。

それにしても一艘だけである。上流でもそういう習慣の広く行われているわけではなく、誰か古風な趣味のある者が個人で流したものなのだろうか。

そんなことを考えながら歩いているうちに段々と小舟が近づき、桃色と水色の着物を着せられた女雛と男雛の姿が見えるようになったところで、ちょうど自宅へ向かって川岸を離れる交差点に差し掛かる。

コンクリートの階段を交差点へ向かって下りながら、背筋に冷たいものを感じた。陽気に汗ばんだのではない。

川下へ荷物を提げてゆっくりと歩いていた私が流し雛に追いつくほど、川の流れが遅いはずはない。しかし、はじめは小さく見えていたそれがだんだんと近付いて大きく見えるようになったのは確かである。つまり、あの雛人形は川を上っていた、あるいは少なくとも川の流れに逆らって静止していたことになる。
――きっと、水面の下に竿か何かが挿さって、それに引っかかっていたのだろう。

そう思い込むことにして横断歩道を渡りながら、後ろを振り返る気にはならなかった。

そんな夢を見た。