第八百四夜
先輩達の怪談一時間ほど続いただろうか。
「じゃあ、私で最後ね」
と語り部の席に着いて宣言した先輩が、
「B棟に入ってる新入生は挙手して下さい」
と微笑むと、私を含めてぱらぱらと手が挙がる。
今日は中秋の名月、満月の夜である。私の通う学校には小さな寮があり、AからDまで四つの棟に、中学一年生から高校三年生まで数十人が暮らしている。私は高校から入学・入寮したのだが、これ年に一人か二人のレア・ケースだそうだ。寮の案内を受けたときに周囲はみんな新中一の子達ばかりで、少々面映ゆかったのを思い出す。
季節毎に寮生限定のイベントごとがあって、今日はお月見会と称した怪談大会が開かれていた。放課後に寮母さん達とお月見の団子を作り、夕食後に食堂に集まって、有志が怪談話を披露する。少々季節がずれてしまっている気はするが、盆の頃にはほとんどの寮生が帰省してしまうのだからしようが無い。夏休み明けの試験が終わり、文化祭や中間試験まではまだ間があるこのタイミングがベストということらしい。
「寮に入った初日に、案内の先輩から最初に『部屋に入ったら必ず最初にこれをやって』って言われたこと、覚えてる?」
と語り部役の先輩が続ける。すると前の方の席に座っていた隣部屋の中一生が手を挙げて、
「欄間の灯り取りの窓を、カーテンみたいにタオルを掛けてって言われました」
とはきはきと答える。そういえばそうだった。私もさほど背が高いわけではないが、ついこの前まで小学生だった子達と比べれば最も背が高かったため請われ、先輩から託された両面テープを手にみんなの部屋にタオルを貼って回ったのだ。確か古い建物で隙間風が入るから、冷暖房の効きを良くするための処置だと聞いたが、
「他の棟の子達は、そんなことしてって言われてないよね?」
という先輩の言葉に、周囲から肯定の声が上がる。どの棟も同じ時期に立てられたもので、古くはあるが立派な造りをしているし、うちの棟だけそんなことをしているとは全く初耳だった。思い返してみれば、用があって同じ部活の他の棟の先輩の部屋を訪ねたときには、そんなタオルはなかったように思う。
「あれはね、実は目隠しなの。もうずっと昔から、古すぎて何時からなのかもわからないんだけれど、夜、ちょうど日付の変わる頃になると、あの窓から部屋の中を誰かが覗き見してるんだって。試験前に晩くまで勉強していたり、たまたま寝付けなかったりした人達が何度もそういう体験をして、いつの間にかB棟でだけ、あんなことをするようになったんだって」
と、先輩は笑顔で小首を傾げた。
そんな夢を見た。
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