第六百八十七夜

 

会社の都合で少々早めに取らされた盆休みの昼下がり、大荷物を抱えて電車を降りて昔懐かしい道を辿った。マンションのエレベータ・ホールへ着く頃にはすっかり汗まみれだ。呼び出しボタンを押して鞄からタオルを取り出して汗を拭いながら周囲を見回すと、見慣れない鉢が飾られていて少々驚く。

疫病騒ぎのお陰で数年ぶりの帰省となったが、駅前の大きなビルに入っていた店が入れ替わっているなどその影響があちらこちらに見られ、浦島太郎の気分だ。

程なく降りてきたエレベータに乗り込み七階のボタンを押し、他に待機する人もいないので続けて「閉」のボタンを押す。手持ち無沙汰に上方の階数表示を見上げると、いつの間にか十四階のボタンが光っているのに気が付く。

十四階は最上階のひとつ上で、屋上への出口しか無いし、その出口も普段は施錠されていて管理業者でもないかぎり利用することはない。もちろん、押した覚えはない。

奇妙に思いながら到着を待ち、開いた扉を出て懐かしき実家のインターフォンを押すと母と心地の良い冷気とが出迎えてくれる。荷物を置いたら風呂に入ってゆっくりしろと言う母に土産を渡す。

部屋に荷物を置いて着替えを用意しながら、エレベータのボタンの件を話し、
「故障をしているとかの話、聞いたことある?」
と尋ねてみると、そういう噂は耳にしていないと言う。代わりに、
「そういえば、ちょうどお盆前だったからひょっとすると命日だったかね。あんた、覚えてる?」
と縁起の悪そうな言葉を口にする。何のことかと尋ねると、
「幼稚園の頃だったか、あんたを連れて買い物に行った帰りにね、エレベータに乗ったら見慣れない男の人と一緒になって、その人が十四階を押したのよ」。

母はそう言いながら着替えを手に脱衣所に戻ってきた私に、氷を入れた麦茶を差し出す。
「作業着を着ていたから何かの修理でもあるのかなと思ったんだけど、あんたがその人の顔を見上げて『このおじちゃん、危ないよ』って言ったのよ」
と言われても、こちらとしては全く記憶にない。
「で、『失礼言ってすみません』って誤ってエレベータを降りたんだけど、暫くしたらドーンって音がして。作業中に足を滑らせただかで、亡くなったの」。

良く効いた冷房のお陰か、受け取った麦茶のお陰か、少々鳥肌が立った。

そんな夢を見た。