第四百五夜

 

目を覚ますと周囲が青白く、消毒薬の匂いに満ちていた。眠い頭で暫く考えて、自分が入院中だと思い出す。

学校から帰宅して直ぐに急な腹痛に襲われて医者に担ぎ込まれ、虫垂炎、いわゆるモーチョーだと診断された。幸い外科手術は不要とのことで、点滴を受けながら安静にしていれば一週間ほどで治るそうだ。

ただし、この間は食事ができず、必要な栄養は点滴から取るという。お腹が空いたらどうすればいいのかと尋ねると、栄養が十分ならお腹は空かないから大丈夫だと笑われた。

今は何時だろうか。視界を遮るカーテンのお陰で部屋の壁掛け時計は見えない。

兎にも角にも、暇で暇で仕方がない。

母が暇潰しに携帯型のゲーム機と勉強道具を持ってくると言っていたが、それらは早くても今日の面会時間までやって来ない。元来落ち着きのない私にとって、点滴の針のずれぬよう気を使いながらただじっとしているのは全く酷で、今なら勉強道具も熱烈に歓迎するだろう。

昨夜面会時間が終わってからの退屈な時間は、隣のベッドのお兄さんに潰してもらったのを思い出す。二輪車でコケて脚と肘を壊したという彼に「バイクが怖くなったか」と問うと、
「とんでもない」
とおどけて見せ、皆がルールを正しく守って乗れば怖いものじゃないし、バイクに乗らなきゃ出来ない素晴らしい体験は山程あると、二人きりの静かな病室の夜を楽しませてくれた。

と、カーテンの張り巡らされたベッドの周囲の更に外、廊下や隣の病室から人の声やら物音やらが聞こえてくる。起床時間なのだろう。ただひたすらに待つだけの暇な時間がようやく終わるかと思うとそれだけで嬉しい。

病室の扉が小さく、しかし重い音を立てて引き開けられ、「おはようございます」の声が響く。入り口近くから検温を始めるのなら、ベッドの配置からして隣のお兄さんの次になるだろうから、未だ暫く人との会話は出来ないか。

そう思うや否やカーテン越しに「開けますよー」と声がして、返事をする隙もなく引き開けられて看護師が顔を出す。

検温の体温計が結果を出すまでの間を繋ぐためか、
「大部屋に独りで退屈だったでしょう」
と看護師が言う。突然の言葉に驚いて、声もなく首を振ってみせると、
「本当?あ、じゃあ実は怖かったかりして。夜の病院って気味が悪いものね」
と低く作った声を震わせながら、冗談めかして言い、笑う。

彼女の肩越しに見える入り口際のベッドのカーテンは綺麗にまとめて束ねられ、ベッドがもぬけの殻であるのがはっきりと見て取れた。

そんな夢を見た。