第二百九十一夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「小学校の頃、組体操ってやったことある?」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。

カボチャ風味の鮮やかなオレンジ色をした生クリームをウエハースで掬いながら、
「あー、あったあった。最悪よね、あれ」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「私、無かったんだよね。入学するよりずっと前に廃止になっちゃってて」。
ポニーテイルの少女は艶のあるマロン・グラッセをスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「聞くと大抵、評判悪いけど……」
と続ける彼女を遮って、
「そりゃそうよ。見世物にされるだけでも嫌なのに。小学校の頃、身体が大きいからってピラミッドの一番下にされて、石で膝が切れて後まで残ったんだから……」
と、ベリーショートの少女はスプーンを動かす手を止め、思春期の少女にとって組体操が如何に不愉快で危険なものかを滔々と語り始める。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。

彼女の弁舌が一区切りしたところで、随分と寂しくなったグラスの中の抹茶クリームを掻き混ぜつつ、ポニーテイルの少女は、
「私の通ってた小学校の話なんだけどね……」
と切り出す。ベリーショートの少女は再びウエハースでクリームを掬い、話の主導権を渡しましたというサインのように口に咥えて正面の少女を見つめる。
「うちの小学校はね、運動会も、サッカーの試合も、野球の試合も、みんな校庭の奥を使うの。校舎に近いところは半分以上、教師や来賓の観客用に椅子やテントを並べて、運動には使えないようにするの」。
変だと思わないかと首を傾げるのに合わせて揺れるポニーテイルへ、
「確かに……」
とタピオカを口に運ぶ手を止めて、
「校舎側に来賓席があるのはうちもだけど、校庭の真ん中が使えないってことはなかったかな」
と頷いてから、
「で、その原因が組体操ってこと?」
と話を先回りする。
「そうなの!」。

バブルの頃、塔と呼ばれる組み方がエスカレートした時期があったという。一定の人数が円陣を組むように輪になって肩を組む。その首元へ足を乗せ、またその上に人を乗せて円陣を組む。そうして、下から八人、四人、二人、一人と四段も組めば、高さは五メートル近くになって見栄えがいい。ピラミッドと違って一人に掛かる重さは上に乗る人間の半分ずつだから、ピラミッドのように内側へ大きな負荷も掛からない。だから安全だということで流行し、学校同士で段数を競うこともあったという。

そしてある年、六段か七段かを組もうとして事故が起きた。最上段に乗る子は小柄で、比較的ひ弱な子だった。バランスを崩して落ちるときに他の子を掴むこともできず、重い頭が下になる。八メートルほどの高さから硬い地面へ叩きつけられ、亡くなったのだという。
「それで、その落ちた場所で子供が怪我をするとか噂が流れて、そこで運動をしないようになったとか?」
とベリーショートが尋ねると、ポニーテイルは人差し指を左右に振って、
「それがね、そうじゃないのがこの話のミソなのよ」
と不敵な笑みを浮かべる。

最も高い塔が組まれ、生徒が転落死した場所は、校長や主賓の並ぶテントの目の前、校庭の校舎側で、そこを避けるようにサッカー場やダイヤモンドが移されたのは確かだ。

しかし、奇妙なのはその対応の速さだった。事故の翌々日にはサッカー・ゴールが奥へ動かされ、更に翌週には業者が入って、野球のベースやマウンドの移動も完了していたという。
「つまり、元々何か変な噂があったとか?」
「それが、事故以前は何の噂も無かったの。だから、学校側だけが知ってる曰くが、きっと何かあったんじゃないかって……」
「まあ、事故への対応が早いのはいいことだけど、常識で言ったら『場所を移す』なんてのが再発防止に繋がる訳ないんだから、妙といえば妙よね」。

最後のタピオカを狙ってスプーンを光らせるぽポニー・テイルに、ほぼ空になったグラスを差し出しながら、ベリーショートの少女も首を捻った。

そんな夢を見た。

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