第百五十三夜
「この間、変なものを見ちゃってさ……」
と、半ば空いたビールのグラスを片手に友人が苦笑いを浮かべる。何の話だと水を向ける私に、
「本当に変な話なんだが……」
と前置きして彼は話し始める。
大型の商業ビルの中のスポーツ用品店で店長をしている彼は、その日も営業終了後に独り閉店作業を済ませ、一階の関係者用通用口へ向かっていたという。
階段を下って一階に着くと、地階から何やらゴトゴトと音がする。地階には生鮮食品を扱う店しかなく、その閉店時間は上階の店舗に比べて二時間は早い。他のフロアならともかく、彼の退勤時刻に地階から音のすることなどこれまでなかった。
勿論、無関係のフロアのことに責任など有りはしないのだが気になった。学生の頃に黒帯を貰ってい足し、社会人に成ってからも会社からの命令で体は鍛え続けていたから、万一不届き者がいても自分の身を守るくらいはできる自身はあった。怖いもの見たさに近い好奇心も手伝って、足音を立てぬようゆっくりと、真っ暗な階段を降りる。
階段の正面には鮮魚を扱う店舗があり、ゴトゴトという音はその闇の中からしていた。刺し身を並べる台が、闇に慣れた目にようやくそれと見え、その上で何か青白いものが跳ねている。
よくよく目を凝らすと、それはマグロの短冊だった。
そう言いながら彼はトロの刺し身を口へ運び、ぐいと一口ビールを煽った。
そんな夢を見た。
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