第百二十二夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、新しい都市伝説、仕入れちゃった!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
 ブルーベリー・ソースと生クリームをウエハースで掬いながら、
「えー。どうせまた胡散臭いのでしょ?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「いやいや、今度は本当、間違いない」
ポニーテイルの少女はいつもの抹茶クリームと白玉をスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「というか、今日は都市伝説というよりウチの学校の怪談?妖怪?の話なんだけど……」
「どっちだよ」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「英語ババアって聞いたことある?」
ポニーテイルの少女の問い掛けに、ベリーショートの少女はウエハースを咥えたまま首を左右に振って否定を示す。ブルーベリーの酸味と生クリームの甘さとコクの、彼女なりに理想的な幸せの配合を味わっている最中のようだ。

そっけない態度にもめげず、ポニーテイルの少女は忙しく手と口とを動かしながら「英語ババア」とやらについて力説し始める。
「ウチのクラスの演劇部の子から聞いたんだけどね……」
彼女らの学校には演劇部があり、創部したのは数世代前の英語の女性教諭だったそうだ。それというのも、彼女が英語の教師になろうと思ったきっかけがシェイクスピアだったからで、学園祭でも英語劇を演じるのが伝統になっていた。

さて、彼女が学校を去ってから十数年後、妙な噂が流れ始めた。

放課後に演劇部の部室で日本語の台詞を練習すると、周囲に誰も居ないのに耳元で女の声がする。よく聞いてみると、自分の喋った台詞を英訳したものをボソボソとつぶやいているのだそうだ。
「へぇ、それで英語ババアね。……英語のテストでカンニングに使えそう……」
と、ミントの葉を指先でくるくると回しながらベリーショートの少女が呟く。しかし、残念なことにその声は一人でいるときにしか聞こえないのだそうだ。
「え、部室限定じゃないの?」
「うん、一度聞こえるようになっちゃうと取り憑かれるのか、自宅でも夜道でも一人の状況で日本語を喋ると聞こえるんだって」
と肩を抱えて大袈裟に震えてみせる。

パフェに差し込まれていた細長いクッキーを手に取り、
「でも、一人でいるときに喋ることって滅多に無いよね。独り言の癖でも無ければ」
と言ってポキリと一口食べる。
「そこがね、演劇部の怪談たるゆえんなのですよ」
そう言いながら、残ったクッキーに向けて口を近付けるポニーテイルの少女に、
「ああ、そうか。台詞の練習とか、暗記のための音読とかができなくなるのか」
と返しながらその攻撃を躱す。
「そう。だから中にはノイローゼになっちゃう人がたくさん出たんだって」
「順番としては、ノイローゼだから幻聴が聞こえたんじゃないかと思うけど」
「違います。妖怪の仕業です」
抹茶パフェを綺麗に平らげたポニーテイルの少女が頬を膨らませる。
「いや、その英語の先生が化けてでてるのなら幽霊じゃないの?」
「ううん、その先生が不幸な死に方をしたとか、それとは別の正体とかは特に伝わってないの」
「うーん。何か、オチが弱いっていうか、話として締まらなくない?」
との厳しい指摘に、しかし、
「オチならちゃんとあるのよ」
と胸を張り、
「ちゃんとね、退治方法というか、解決方法があるの」
「ああ、コックリさんお帰り下さい、とか、口裂け女はポマードやらべっこう飴が苦手、みたいな奴か」
「そうそう。知りたい?」
「いや、別に演劇部の部室に用無いし」
「実はね、英語に訳せないような日本語の表現を喋ると聞こえなくなるんだって」
「たとえば?」
そう聞き返されて顎に手を当てて俯いたまま、ポニーテイルは金縛りに遭ったかのように動かなくなってしまった。

そんな夢を見た。