第百二十一夜

 

週末というのにモヤモヤと気の晴れぬためか、洗濯を済ませたあと買い物を車に積んでの帰り道、ふとハンドルを切って山へ向かうことにした。ラジオのDJが庭の梅にメジロが来たと話すのを聴いて羨ましく思ったのも一因かも知れない。

市街地から三十分も走ると周囲に車もなくなった。建物の背は低くなり、代わりに背の高い木々が密生しているのが目立つ。ラジオから懐かしいリクエスト曲が流れるのを聞きながら、大きくハンドルを切っていよいよ山を登る道へ入る。

つづら折りに崖沿いの坂道を走る。といっても運転に自信のある方ではないから、景色を楽しもうという腹積もりであって、速さを競うような運転はしたことがない。

カーブを曲がる度に少しづつ標高が上がり、少しずつ道路脇の木が増え林になり、林が森になる頃、私道かと思われる脇道から一台の赤く背の低い車が現れ、私の車の通り過ぎるのを待って後ろに付いて走り始めた。

暫く走っていると、どうもピタリと車間距離を詰めて来るので落ち着かない。運転手の癖なのだろうか、車体を左右に振って煽るような様子ではないのだが、のんびり景色を楽しみたい身としては落ち着かないし、何より何が落ちているか知れない山道でこの車間距離は危険である。

山も深くなって来たためか、ラジオに雑音が混ざるようになったと同時に、幾らか霞が立ってきた。

いよいよ落ち着かないので、少し見通しの良い直線に入ったところでハザード・ランプを付け、減速しながら車体を左に寄せて追い抜くように合図する。

が、赤い車はこちらに合わせて減速し、追い抜く気配がない。こちらが停まれば先へ行くだろうかとも思うが、停まったところへ変に絡まれたらと思うとぞっとしない。諦めてハザードを切り、道の中央へ戻る。

いよいよ濃くなった霞にフォグ・ランプを付け、遂に雑音しか拾わなくなったラジオを切るのも忘れて、緊張しながら車を走らせる。後ろには、同じくランプを照らした赤い車体がぴったりと追走している。

緊張しながらどれくらい走ったか、前方に展望台を兼ねた休憩所が見えて、一度そこに入ることにする。後を追ってくるようならそのまま山を下ればいいし、来ないのなら霞が晴れるまで休みたい。

右折のウインカーを出してルーム・ミラーを見て驚いた。いつの間にか、例の車が居なくなっている。

展望台へ入る理由を半分は失ったものの、この視界の悪い中で運転を続けるのは無理だと判断して車を停める。小銭入れとキィを持って車を下り、公衆便所で用を足してから自販機で紙コップのココアを買う。辺りが全くの無音だと気付いたのは、車に戻ってラジオのDJの声を聞いた時だった。もちろん、あの赤い車はどこにも居ない。

ココアを飲み終わる頃には嘘のように霞も消え、車を出して来た道を戻った。走りながら確認してみると、それは全くの一本道で、あの赤い車が姿を消すのに必要な脇道はどこにもない。それどころか、姿を現したあの私道らしき脇道さえ、見つけることができなかった。

そんな夢を見た。

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