第百夜
風呂上がりの濡れた髪にタオルを巻き、居間兼寝室の炬燵の中で浮腫んだ脚を揉んでいると、風呂場からぎゃあと可愛げのない悲鳴が聞こえた。
ゴキブリでも出たのなら自分で片付けられるような度胸のある妹ではないことは知っているから、適当な雑誌の古そうなのを手に渋々炬燵を出る。
廊下へつながる扉を開けようとすると、全裸のままずぶ濡れの妹が飛びして正面からぶつかる。雑誌で頭を軽く叩いて落ち着きの無さを咎めようとするが、お化けが出たと言って聞く耳を持たない。
これだけ濡れ鼠なら廊下も水浸しだろう、廊下は拭いて置いてやるから風呂場へバス・タオルを取りに行ってきちんと着替えてこいと言っても、怖いと言って首を振るばかりだ。
「あんたも社会人なんだから、この忙しい時期に風邪を引くほうがよっぽど怖いでしょう」
と少々意地の悪いことを言っても聞かないので、仕方なく頭のタオルを解いて渡し、身体を拭く間に箪笥から着替えを出してやる。私の髪の水を吸って濡れたタオルだが、妹は肩までも届かぬ短髪だから間に合うだろう。
受け取った下着に脚を通す妹へ背を向けて廊下を拭きに向かおうとすると、スウェットの袖を引いて引き止められる。いつまで子供じみたことをと口を尖らせる前に、
「行っちゃ駄目」
と心底怯えた目で怒鳴られ、仕方なく話を聞いてやることにする。
曰く、湯船で身体を温めた後、頭を洗いながら、昼に職場の雑談で出た「だるまさんがころんだ」を思い出したのだという。
「だるまさんがころんだ」というのは、洗髪の最中にその言葉を思い浮かべると、その姿が「だるまさんがころんだ」の遊びに似ているから子供の霊が背後に寄り集まってくるのだという怪談だそうだ。
うっかりそれを思い出し、背筋に寒気を覚えながらシャワで髪に付いた泡を流していると、湯の流れで背筋にぺたりと髪が張り付く。仰向いて頭を振っても、なかなか離れないのを妙に思いながら首の後に手を回して気が付いた。
――今、こんなに髪を伸ばしてないのに……。
そんな夢を見た。
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