第八百三十三夜
出動先から先輩が戻ってきた。労いの言葉を掛けながら彼のマグカップにインスタントの珈琲を淹れて机に置く。手洗いとうがいを済ませた彼はひとこと礼を言ってちびりとっ口を付け、冷えた手でマグを包むと、
「妙なこともあるもんだなぁ」
と感慨深げに呟く。
「また、原因不明ですか?」
と尋ねると、
「それもそうなんだが、いや、単なる偶然なんだけれど」
と、心持ち口の端を持ち上げて沈黙する。
地震を検知したり停電が起きたとき、エレベータが停まったことはないだろうか。そういったときに安全を確保しながら対処するのが我々の仕事なのだが、停止の原因が不明ということが稀にある。それが年に数回程度も起こるものは「曰く付き」と呼ばれ、通報が入ると「またアレか」とわかるようになる。
今回のものはそうした「曰く付き」ではなかったはずだが、それでも原因不明の停止がないわけではない。
「ちょっと背の高い商業ビルだったんだけどさ」
と、マグカップから昇る湯気を顔に浴びながら先輩が再び口を開いた。
年末の五・十日のために道が混雑していた上、駐車場の確保にも手間取って、普通なら十五分で到着するところを四十分ほども掛かって漸く現場に到着した。程なく必要な作業を終え、閉じ込められた人々が出てくると、その表情に安堵とは異なるものが混ざっているのが見て取れた。
閉じ込められていた中にその施設の職員もいて、二人で利用客に頭を下げて見送り、連れ立って施設の事務所へ向かいながら、
「皆さん、何と言うかちょっと不思議な顔をしていましたけれど、中でなにかありました?」
と尋ねる。センタへの通報後、到着を待つ間に世間話をしていたというのだが、
「私達、全部で六人だったんですけれど、みんなタカハシだったんです。珍しくもないけれど、そんなに多い苗字でもないのに。特に近い親戚っていうわけでもなくて」
ということが判明したのだという。
「へえ、それは凄い偶然ですね」
と、先輩は作業着に付けた名札を指で示しながら返事をしたのだと言って、ぬるくなった珈琲を飲み干した。
そんな夢を見た。
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