第八百十五夜

 
 三連休を利用して、少々遠方の山へやってきた。紅葉の季節で人手も賑わい、初日は観光客の多い文化遺産や市街地を見て回り、二日目は朝から山のハイキング・コースを歩くことにした。
 入口から暫く歩くと初心者コースと上級者コースとの分岐がある。山育ちで大学時代にも山岳部だったため、ここは迷わず上級者コースを選ぶ。大きな石や段差もところどころにあるものの全体的にはやはりハイキング・コースの名に相応しく歩きやすいもので、時折立ち止まって周囲の木々や遠方まで続く紅葉の景色にカメラを向けながら歩くうち、予定より早く展望台に到着してしまった。昼過ぎにはコースの入口に戻れそうだ。
 とはいえ下り道は登りよりも気を付けなくてはならない。道は登りとは反対側に続くため、周囲の景色も見飽きることがない。やはり時折立ち止まっては写真を撮りながら合流地点まで戻ると、三人組の中年女性が何やら半透明のビニル袋を手に提げて下っていく。
 気になって歩を緩め、三人と付かず離れず荷物を見れば、中に入っているのは毒キノコの類だ。そもそもこのハイキング・コースの周囲はほとんどが私有地で立ち入り禁止だし、ハイキング・コースの範囲だとしても動植物の採集は厳禁と決まっている。ただそれ以上に、袋の中の茸がそれぞれ、食用茸と間違うはずもない種類の毒茸なのが気になってたまらず、
「すみません、そのキノコですけど」
と声を掛けてみる。
 それまで笑顔で談笑していた三人は怪訝な顔つきで振り返る。その茸をどうしたのかと問うと、コースの脇に入って紅葉や沢の景色を楽しんでいるときに親切なお爺さんが現れて、林の中を案内しながら茸狩りをさせてくれ、持ち帰るように持たせてくれたものだという。採集の禁止を言えばヘソを曲げて言うことを聞かなくなるかもしれぬと、
「それ、ほとんどが毒キノコですよ。その量を食べれば死ぬこともあるようなものも混じってますし、是非ここで捨てて下さい」
と言うと、三人のうちの一人が何故か嬉しそうに、
「ああ、あのお爺ちゃんの言った通りだわ」
と口にすると、残り二人もウンウンと頷く。曰く、どれも余り知られていないがとても美味い茸だから、詳しい人が横取りするために毒茸だと言い出すかもしれないが取り合うなと言われたのだという。
 彼女らはそれだけ言うともうこちらに貸す耳は持たぬとばかり、それぞれ早足で下りの道を歩いて行った。
 そんな夢を見た。

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