第八百十四夜

 
 自宅の最寄駅のロータリから、暫く振りにバスに乗った。検索で見つけた雑貨屋へ行きたいのだが、その店が直線距離で六キロメートルほどで、自転車を持っていない私には少々遠い。可といって電車で行こうと思うと都心のターミナル駅から東西に伸びる私鉄沿線に住んでいるためすぐ南北への移動は都心へ出るよりかえって遠くなってしまう。そこで昨年の冬以来だろうか、滅多に乗らないバスを選択することにした。
 ロータリが始発のバス停故、適当に降車口に近い一人掛けの席を選んで腰を下ろす。バス特有のガス臭をほのかに感じ、左手の窓を少しだけ開けると、深まりつつある秋の冷えた空気が心地好い。渋滞で空気の悪くなるまではこのまま暫くと、窓枠に乗せた肘で頬杖をついて窓外を眺める。
 暫く市街地を走り、三つ目のバス停を出たところで、不意に視線を感じて車内に目を向ける。視線の主は直ぐに見つかった。右手の二人掛けの座席の背もたれの隙間の中程に、くりくりと大きな目がこちらを覗き込んでいるのだった。
 その隣、通路側の席からは女性ものの鞄がはみ出ていて、母子連れらしいことがわかる。二人が何処から乗ってきたものかと記憶を探ってみるが、バスに乗ってから特に車内で印象に残った場面もなく試みは失敗に終わる。そんなこんなを考えながら二つのバス停を過ぎて尚、子供の目はこちらをじっと見つめている。さほど面白かったり珍しい容姿をしているつもりはないが、顔になにかついているだろうかとスマート・フォンでチェックをしてみても、取り立てて気になるところはないように思う。
 そんなことをしているうちに目的の駅前のバス停に着いて席を立つ。どんな子供かが気になって、一目だけと思ってさり気なくその座席を背もたれの上から覗き込むと、窓際にはブランド物の紙袋だけが置かれていて、子供の姿など何処にもない。視線を悟って不快に思ったか、通路側に座る女性が小さく振り返って目の端でこちらを睨むように見上げたので慌てて視線を逸らし、そのままバスのステップを下りた。
 そんな夢を見た。

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