第七百八十四夜

 

 卓上扇風機から送られてくる生暖かい風でせめてもの涼をとりながら、一向に減らない期末試験の答案用紙に赤ペンを入れていると、いつの間にやら傍らに置いたグラスの麦茶が消えていた。席を立って給湯室へ向かう。経費削減のために冷房の設定温度が高い中、冷蔵庫が使用禁止になっていないのがせめてもの救いだ。
 グラスに半分ほど注いだ麦茶を一息に飲み、もう一杯を注いで席に戻り、再び海洋用紙の束と向き合う。これが終わったらスキャナで読み取り、生徒の学習データ・ベースへ登録し、コメントを書かねばならないかと思うと気が重い。幸い最低限度の自動化はなされているが、IT技術の進歩によって仕事は増えるばかりだ。
 ガラリと職員室の扉が開いて、同僚が戻ってきた。確か何かをホーム・ルームへ忘れてきて取りに戻っていたはずで、
「見つかりましたか」
と誰かが声を掛けると、
「ええ。それはいいんですが」
と言った後、暫く言葉を選んでから、
「今日、音楽系の部活動の利用申請ってありましたっけ?」
と半ば独り言のように首を捻る。
 特にありませんけれどと素早く答える事務員の言葉に、
「なら、ちょっと注意してきますね」
と再び職員室を出ようとする同僚に、
「音楽室がどうかしましたか」
と年配の先生が声を掛ける。
 三階の教室から一階の職員室へ戻ろうと階段を降りながら、その窓からコの字の対辺にある特殊教室が見えるのだが、その中の一つ、音楽室のグランド・ピアノの鍵盤の前に腰掛けた、制服姿の女生徒の姿が見えたのだと言う。
「どうして女性とだとわかりましたか?」
と柔らかな声で尋ねる先輩に、
「そりゃあ、制服がうちのセーラー服でしたから」
と言った途端、彼はあっと息を飲み、
「おかしい、ですよね」
と先輩の顔を見詰める。
 うちの女子制服はここのところ随分と人気が落ち、三年前から新たにデザインされたブレザとポロシャツに変更され更新の猶予期間も昨年終わっているのだった。
 そんな夢を見た。

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