第七百八十一夜
教室棟入口の扉の前、長く張り出した庇というよりは洋風のポーチというべきか、兎に角雨のしのげる場所に辿り着いて傘の雨を払う。重い木製の扉を肩で押し開けると、例年より遅れた梅雨入のためか梅雨寒というよりはむしろ蒸し暑い空気が溢れてくる。
入口左手の階段の脇を通り、正面に設えられた掲示板を睨む。期限の切れた掲示物を確認し、ステープラーの針を抜いて剥がし、持参した空の紙袋へ回収する。空いたスペースにへこれまた持参した紙袋から新たな張り紙を取り出し、タッカーで四隅を留める。
演劇、ライブ、ダンスイベント、サークルメンバの追加募集、勉強会……インターネット、SNSの利用のこれだけ広まった現在で、物心ついた頃からそれらとともに育ったデジタル・ネイティブ世代がほとんどになった今でも尚、紙媒体での宣伝は盛んである。サークルの伝統だからとか、大学近くの印刷屋さんとの付き合いとかいったこともないではないのだろう。が、デジタル・メディアは基本的に自らアプローチをしない種の情報にはなかなか辿り着かない性質のものだ。ローカルで対象を絞ったものとはいえ、学生の活動予算でそうした媒体の広告を打てるものでもないのだろう。結局、紙媒体で許可を得ての掲示の費用対効果は相変わらず認められているということか。だからこそ、この手の仕事量は変わらないわけだ。
そんなことを思いながら一通り持参した掲示物を貼り終え、上階へ移動するべく荷物をまとめていると、掲示板から視線を感じる。顔を上げても掲示板とその向こうの壁があるばかりで、当然その方向には誰も居ない。掲示物の中にはもちろん、人物の写真やイラストの描かれたものもあるが、どれも視線を感じるほど生々しいものではない。
気のせいかと思いながら視線のした辺りに視線を這わせると、何かクリーム色のものが動く。よくよく見れば卵から孵ったばかりなのだろう、ごく小さなヤモリがじっとこちらを見つめている。どうやらビラを貼る際、裏に閉じ込められたものらしい。異変を感じて逃げ出そうとしたところ、ピンと張ったビラに挟まれて、首だけ出して身動きが取れなくなっているものらしい。
脅かさないようゆっくりと針の一つを抜いて紙が緩むと、彼か彼女かわからぬが、慌てて掲示板の枠の裏へと隠れてしまった。
そんな夢を見た。
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