第七百八十夜

 
 大学のサークルの先輩に誘われて、彼の車で郊外の大きな娯楽施設へ行くことになった。サークルの仲間四人で大学の最寄り駅に集合し、ロータリへ入ってきた先輩の車に乗り込んで走り出すと警告音が鳴り、
「あ、ちゃんとシートベルトは締めてね」
と先輩が言う。
 もともと地方都市の外れの大学だから、十分も走らぬうちに市街地を抜け、幹線道路の脇の大型店舗やトラックドライバ向けの飯屋やコンビニエンス・ストアの並ぶ後ろに田畑の広がる地域に入る。もう十五分も走れば目的地に着くそうだ。ボウリング場、カラオケ、ダーツ、バッティング・センタなどなど、幾つもの設備の集まったもので、この大学で遊ぶといえば大体そこか、少し電車に乗った先の大きな映画館か、或いは夏の海くらいだと助手席の先輩が言う。
「梅雨だねぇ」
と窓外で雨に打たれる青々とした水田の感想を述べると、
「ああ、そうか。今日は雨か」
と運転席の先輩がなんとも当たり前のことを呟く。
「え、お前、あそこに行くつもりか?」
と助手席から批難めいた声が上がる。
「ああいうの、苦手なんだっけ?」
と運転席からからかい混じりの問が発せられると、
「そうじゃないけど、別に楽しいところでもないだろう」
と口を尖らせ、後部座席の後輩三人は一体何のことかわからず互いに顔を見合わせる。
「まあ、大した寄り道でもないから」
と言うと運転席の先輩は電器店と焼き肉レストランとの間の道へ左折して、水田の間の比較的太い道へ入る。
 と、水田の中、左手に何か鼠色の塊が見えてくる。その塊はみるみる大きくなり、コンクリートの大きな立方体であることがわかる。その脇へ車を停め、
「この雨だし、車の中からで十分かな」
と、車内からそれを見るように促され、後部座席は左側の窓からそれを見ようと団子になる。ガードレールの向こう十メートルほどのところに、一辺が七メートルほどの立方体が雨に濡れ、灰色の濃淡で大理石のような模様を見せて佇んでいる。
「何ですか、これ」
という友人の言葉はもっともで、少なくとも見える範囲には窓も出入り口も無い。何処かからつながる電線もなければ、何か配管が繋がっているようにも見えない。
「近所に住んでる芸術家さんのアトリエ兼ガレージ、らしいよ」
と助手席から振り向いた先輩が答える。
「裏手に回るとちゃんとシャッターがあってね、中は二階建てとか、地下室もあるとかいう話だけど、どこまで本当だか」
「そんなことよりさ、壁をよーく見てみて。なんならスマホのカメラで拡大したほうがいいかな?」。
 言われるまま、窓の雨粒を避けながらスマート・フォンのカメラを向けて拡大すると、そこに現れた映像の意味を理解した瞬間に後部座席で悲鳴が上がる。マーブル模様に見えた壁の模様は人間の無数の手と腕だ。
「コンクリに透明な塗装がしてあって、雨が降ると染みでああいう模様が出るようにしてあるんだってさ」
と、運転席の先輩は楽しそうに笑った。
 そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ