第七百七十八夜
路傍に立つ警官に交通規制の詳細を尋ね、礼を言って窓を閉めながらアクセルを踏むと、
「凄い人出ですね」
と助手席から声を掛けられた。
「私も地元出身じゃないのであまり良くわかっていないんですけど、昔からこの季節の神輿渡御が、この地域の一番のお祭なんだそうです」
と返しながら、目的の物件への順路を脳裏に描く。
ここは古くは漁業や製塩業で栄えた小さな市で、今は地方都市のベッド・タウンとしてそれなりに人気がある。街興しのために行政が幾つかの神社に声を掛けて神輿渡御を共同で行うことで一大イベントになったという話だ。大型連休が終わると直ぐ、一ヶ月近くを掛けて市内全域の市道にガードレールや街頭を利用して提灯や幟旗が掲げられる。その数が増えるにつれて街全体が何だかそわそわしてくる。
「申し訳ありませんが、交通規制で物件前の道路が今日だけ駐車禁止のようで、すみませんが近所のコンビニの駐車場から、徒歩でいいでしょうか?」
と尋ねると、
「ええ。むしろ近所の様子が見られるのは有り難いくらいです」
と助手席から快諾を頂き、法被を着て歩く人々に気を付けながら狭い道を安全運転で走らせる。
次に内見のお客様をご案内するのは川沿いの学校の近く、元は寺の墓地と古くからの住宅街があったところだそうだが、学校を建てるのに寺が移転してできた一画にある単身者用のアパートだ。アパート自体は幹線道路から枝分かれした市道に面しているのだが、今日はそこが駐車禁止になっている。
近くにはコイン・パーキングもない。周囲の区画はそういう経緯があったためか幹線道路につながる太い私道が一本通る他は自転車二台がやっとすれ違えるような古い住宅街の細い道ばかり。ただ、私道の持ち主の大地主、元酒屋さんが経営しているコンビニに広い駐車場がある。地主さんとは懇意にしていて、何かあれば駐車場は使って良いと言われているから、今日はそこを使わせてもらうことにする。
交通規制をどうにか抜けて幹線道路に出、私道を目指していると、後ろから真っ赤なスポーツ・カーが凄まじいスピードで走り抜け、タイヤに甲高い悲鳴を上げさせながら左折して、ちょうど私の目指す私道へ入る。
「うわ、こんなに人がいるのに危ないなぁ」
と顔を顰めるお客様に、
「普段はあんな乱暴な運転をする人のいる地域じゃないんですけどね」
とフォローをしながら、あの先は袋小路、我々と同じコンビニかその駐車場が目的地かと予測する。
それから一分、安全運転で左折してコンビニエンス・ストアへ到着するが、駐車場に赤い車は見当たらない。太い私道は一直線で死角はないしあの図体で入り込めるような脇道は無い。
「あれ?さっきの車、すれ違いましたっけ?」
と助手席から尋ねられ、そんな家の無いことを知りながら、
「どこかの家の車庫にでも入ったんでしょうかね」
と答えてシートベルトを外した。
そんな夢を見た。
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