第七百七十七夜

 

 同僚が右目に眼帯をして出勤をするようになって二週間が経った。始めは特に気にしてもいなかったのだが、モノモライというのはこんなに長引くものだったろうかと気になって、昼休みの暇に、
「目は、まだ良くならないの?」
と尋ねてみた。
 弁当を片付け始めていた彼女は力の無い笑みを浮かべ、医者にも行って薬も飲んでいるのだが一向に良くならないと言う。
「モノモライって、大概一週間くらいで治るものって聞いたことがあるけれど、しつこいものもあるのかね」
と返すと、
「あ、いえ、モノモライではないんです。先生曰く感染性のものではないらしいんですけど、余り他人様にお見せするものでもないので……」
と、眼帯の理由をぼんやりと説明してくれる。
 まあ、女性が見せるものでないと言っているものを詳細に尋ねるのも気が引ける。くれぐれもお大事にと言って話を終えようとしたところ、横手からデリカシーという言葉とは無縁の課長が、
「目の病気で眼帯って、モノモライ以外にもあるんだ?どんな病気なの?」
と口を挟む。
 彼女も然程気にするようでなく、兎に角めが真っ赤に充血するもので、医者によれば様々な要因で起こり得る症状で、それ自体は珍しいものでないのだそうだと説明する。ただ、
「一週間しても治らないのはやっぱり」
少しばかり珍しいもののようだ。
 心当たりはないのかとなおも問う課長に対し、思い当たるストレスはないし、寝具類やタオルは全て清潔に気を付けるようにしたし、石鹸や化粧品の類も全て新品に換えもしたが効果はないという。
「そういえば、ベランダの鉢でバラを育ててるんですけど、それが」
と言って私物のスマート・フォンを鞄から取り出し、数秒操作して画面を示す。私と課長が真っ赤な薔薇を認識すると彼女は再び数秒操作して、今度は淡いクリーム色の薔薇を指で示す。
「こっちは去年の写真なんですけど、同じ株なのに今年だけ、赤い蕾が付いたんです。引っ越しで鉢を処分しようと思ってたから、薔薇が怒って呪われた……なんて」
と冗談めかして自嘲気味に笑う彼女へ、
「いや、誰かの呪いをバラが肩代わりしてくれてるのかも知れないじゃない。どっちにしろ、大切にしてやりなさいな」
と、課長の口から予想外の感傷的な言葉が発せられ、そんな可能性は思いもしなかったと彼女は目を丸くした。
そんな夢を見た。

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