第七百六十夜

 

 久し振りの酒の席で、少々飲みすぎてしまった。疫病騒ぎで新入社員の歓迎会が開かれたのは四年ぶりだったろうか。今でも政府やマスコミが騒がないだけで、病院へ行けば医療関係者は警戒を緩めていないのがわかる。それ故に歓迎会も小一時間でお開きの予定で、予定は恙無く実施された。

 しかし、その短時間の予定が良くなかった。久し振りに酔ってみようとハイペースで飲み過ぎてしまったようで、駅で電車に乗るまで先輩に面倒を見てもらったのだ。明日にでも、いや自宅へ着いたらお礼とお詫びのメールでもしておこう。

 電車の揺れに半ば眠りながらそんな事を考えていると、用を足したくなってきた。駅と駅との間隔はそれほどでもないが、転ばぬ先の杖、最終電車まではまだ四時間以上もあるし、ここは一つ次の駅で途中下車をして駅のトイレへ行っておこう。

 そう決意して重い瞼をなんとか持ち上げ、電車が止まるとふらつく足取りで降車する。降りたことのない駅でトイレの案内板を探し、エレベータに乗ってトイレを目指す。あまり人気のない駅らしい。売店の脇を通ってトイレに入ると有り難いことに人の気配はなく、清潔の保たれた洗面台を横目に四つ並んだ個室の、なんとなく一番奥へ入って鞄を扉のフックに掛け、便座に腰を下ろす。

 用を足すと気が抜ける。ここまで辛うじて意識を繋いできたのは尿意と万一の際に予想される羞恥に対する危機感で、それらから開放された今、終電までに起きればいいやと結論した意識は速やかに萎んでいく。

 カチャカチャと音がして目が覚める。と同時に脳裏に丸いドアノブの回るイメージが浮かんでくる。

 そうか、トイレでパンツも戻さぬまま眠ってしまっていたのだった。今は何時だろうか。まだ終電には間に合うだろうか。人気のあまり無い駅だったが、時間帯が変わって利用者が増え、トイレが空いていないのだろうか。それにしてもノックくらいすればよかろうに。

 そんなことを考えている間もなお、カチャカチャとノブを回す音は続いている。はいはい今出ますから、服を整える間だけ待っていて下さいね。未だ覚めきらぬ意識で目も閉じたまま、身支度を整える。

 いざ、と意を決して鞄を肩に掛け、鍵を開けて表へ出るべく目を開けると、扉にはスライド式の錠があるだけで、ノブなど何処にも付いてはいなかった。

 そんな夢を見た。

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