第七十六夜

 

「いやね、働いてる身としてはサ、実際ただの職場だから」。

わざとらしく眉を顰め、いかにも飽き飽きしているという様子で男が言う。酒の席で彼の職業を初めて聞いた者は必ず、何か不思議な体験をしたことはないかと尋ねるので、その度にこう応じているらしい。

だ、女性に話をせがまれるのは本人もまんざらでもないようで、
「そりゃ焼き場なんて、普通の人にとっちゃ一生に何回も世話になるところじゃないんだろうけどサ」
と若白髪の混じる頭を掻いて、一つか二つ話をするのが常だった。

そんな彼とは競馬場で出会って数年来の付き合いで、特に約束をするではないが、会えばその日勝った者が一杯奢る。勝ちが小さければそれなりの、大きければ今日のように女の子のいる店で呑む。独りで大勝ちするのは珍しいが、互いのどちらかが大勝ちするというのは不思議と少なくない。その度に彼は何かしらの話をする。よく種の尽きぬものと感心するのだが、それらが何処かで仕入れた法螺話なのか、それとも本当に実体験なのか、未だに測りかねている。

女の子達の方でも、彼の話に合わせて適当に相槌を打つなり怖がって見せればよいので、楽な客なのだろう。毎度ウケは悪くない。
ウヰスキのお湯割りを舐めながら、
「うちには炉が三つあるんだけどね……」
と彼は始めた。
「古いものはともかく、最近の炉は技術も発達して温度が高い。温度が低いとダイオキシンが出るが、高すぎてもまた別の有害物質が出るとかで、色々と規制があるんだが、それでもきっちり一時間で大抵のものは灰になる。心臓のペース・メーカにしろ、骨折の処置で埋め込んだままの金属ボルトにしろ、千度の炉の中に一時間も晒されるから、徹底的に酸化してボロボロになる」。
「そう言われれば、お祖父ちゃんの腕時計を棺に入れていたけれど、それらしいものが残っていた覚えがないわ」
と頷く女の子に、
「もちろん、無くなるわけじゃないけどね。慣れたものじゃなけりゃ見分けは付かないだろうな」
と言って頷いて、話を続ける。
「だから、昔は焼いた中から鉗子が出てきただのメスが出てきただので、手術のミスが発覚したなんて話があるが、あれはそれらしい嘘っぱちか、それともよっぽど火力の低い時代の話だろう。少なくとも、うちでは見たことがない。板前さん愛用の包丁だって、ぱっと見て分かるようには残らないんだから」。
「じゃあ、それでも残る骨って凄いのね」
と、先ほどとは別の女の子がしみじみと言い、皆が頷く。それを聞いて彼は、
「そう、それだよ。俺が見たことのあるのは、骨だけ」
と口の端を持ち上げ女の子の顔色を窺う。その間を読んで一人の女の子が口を尖らせ、
「骨が残るだけじゃ不思議でもなんでもないじゃない」。
流石、男に喋らせるのを仕事にしているだけあると感心する。お陰で彼は気持ちよく、本題に入ってゆく。
「それがね、若い男の方、可哀想に俺より少し若いくらいかな、結婚はしてなくて、三十手前の。その男の方の話」
そこで、若いのは少しどころではなかろうにと茶々を入れられて、この若白髪は高校の頃からなのだと苦笑し、
「その方を焼いたときの話ね」
と仕切り直す。

「我々の仕事はね、棺をお預かりして、炉に入れて、時間が来たらご遺族の皆さんを案内して骨壷に収めるお手伝いをする。それだけ。ご案内をするのに名前くらいは知っているわけだけど、それだけなんだ。どんな人か、どんな風に死んだのかなんて知らないわけ。だけどね、その方の棺を載せた台車を引き出してお骨を拝見したときね、あっと思ったの。きっと海かどこかで、溺れてなくなったんじゃないかって。なんでって?だって、その方の両足、脛のあたりに手がしがみついて見えたの。手指の骨なんて細いから、はっきりとは残らないんだ。でも、ご本人の脛の骨の崩れた上にね、それとは別の骨が燃えて崩れたようなものが乗ってるように見えたんだ。焼いた骨を見慣れた我々だから気付く程度に、ごそごそっとね……。勿論、ご遺族の方にはね、水死ですかなんて聞けなかったけど……」。

そんな夢を見た。