第七百五十六夜

 

 デートから帰って荷物を下ろすと、彼女が真っ先にしたのはスマート・フォンの充電だった。肩に掛けたターコイズ・ブルーの鞄から充電器とスマート・フォンとを取り出すと、卓袱台の脇に伸ばしたマルチ電源タップの前に膝をついて接続する。

 昼前に軽食を摂って映画を見、夕飯の買い物をした六時間ほどの間に、充電がほとんど切れてしまったのだという。その間にいくらかの調べ物や友人達との連絡の取り合いはしたものの、その程度で充電が切れるなら、
「出掛けるときに充電してなかったの?」
と推測するが、
「ううん。でも電池が大分弱ってるんだと思う」
とこちらを振り返る。
 それなら電池の交換でもするか、いっそのこと本体を買い替えてみてはと提案するが、物持ちの良い彼女は、
「壊れてもないのに、勿体ないじゃない」
と拒否する。それだけくたびれたバッテリはもう壊れているようなものだと思うのだが、こんなところで頑張っても仕方がない。デスクの傍らの棚を漁って、先代のモバイル・バッテリを取り出し、
「じゃあ、せめてこれを使いなよ」
と彼女に差し出す。数ヶ月前に容量の大きなものへ買い替えたのだが、彼女のスマート・フォンの電池に比べればマシだろう。

 あまり荷物が増えると嵩張るし重くなると不満を口にする彼女に、暫く使っていないから充電をしておいてと言って充電器を添えて差し出し直すと、一応は受け取ってくれた。
 再びマルチ・タップの前に膝をついた彼女を尻目に風呂へ湯を張ろうと廊下に出る。と、
「うわ、何これ」
と彼女の叫ぶ声が部屋に響く。驚いて振り向くと、マルチ・タップの前に尻餅をついた彼女が右手の親指と人差指で何かを摘んで、大型犬とすれ違う子犬のような目でこちらを見つめる。

 目が悪いこともあり、彼女の指に何が抓まれているのか、遠目にはまるでわからない。どうしたのかと声を掛けながら歩み寄り、その指に顔を近付けると、長い黒髪がマルチ・タップのコンセント穴からずっと伸びていた。優に五十センチメートルはあるだろうか。彼女は暗い茶色に髪を染めているし、自分の髪はそんなに長くない。
「工場で組み立てた女の人の髪でも、紛れ込んだんだよ」
と適当なことを言って彼女の指先から髪の毛を奪い、引き抜こうと力を込めると、ブチリとまるで毛穴から毛を引き抜くような、粘り気のあり未練がましい嫌な感触が指に伝わってきた。

 そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ