第七百四十六夜

 

 学年末試験まで一週間となった放課後、美術準備室へ忘れ物をしているのに気が付いて、仲の良い友人二人を誘って取りに行った。

 準備室は普通の教室の三分の一ほどの広さで、廊下側の扉は施錠され、普段は美術室側からしか入れない。廊下側の扉の鍵もきっと存在はするのだろうけれど、小窓からはねずみ色のロッカーの背面しか見えず、たとえ開いたとしても中には入れない。

 職員室へ鍵を借りに行くが既に誰かが借りて行った後らしい。きっとまだ美術の先生が中で片付けでもしているのだろうと階段を上って美術室へ向かうと案の定扉が空いていて、中で先生が片付けをしているようだ。教室の外から声を掛けようと扉に近づくと、無数の白い手の生えた机の中で先生が机を運んでいた。

 忘れ物を取りに準備室に入ってよいかと尋ねると、二年生の制作途中のものだから壊さないように気を付けてとの条件付きで許可される。先生はそれを他の授業の邪魔にならぬよう廊下側へ移動させているらしい。友人の一人が片付けの手伝いを申し出ると先生もそれは有り難いと頷いて、忘れ物は後回し、皆で廊下側に机を寄せ、紙粘土の手を整列させことになった。

 試験勉強は進んでいるかなどとお喋りをしながら作業を続けていると、
「あれ?」
と友人の一人が声を上げる。
「先生、これだけ、何だか妙に軽いんですけど」
と言う彼女の手には、他のもの同様作りかけの紙粘土の手が抱えられている。
「ああ、またか」
と呟いた先生はそれを彼女から取り上げると準備室へ歩きながら、
「軽いのは水分が抜けたから。なぜ水分が抜けているかと言うと……」
と言葉を切って準備室へ入り、ややあって戻って来ると、
「皆には内緒ね」
と言って腰に手を当てる。

 先程の手は、先生が赴任してくるずっと前から準備室に保管されているらしい。経緯については伝えられていないのだけれど、紙粘土で手を作る授業があるときまって他の手に紛れ込むので、気が付いたら準備室の所定の位置に戻すようにとだけ伝えられているのだそうだ。
「気味が悪くないんですか?」
と尋ねると、
「妙な噂のある美術品って、案外多いものだよ」
と、彼は平然と答えるのだった。

 そんな夢を見た。

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