第七百四十五夜

 

 一つ小さな仕事を片付けてフロントへ戻ると、上司が営業スマイルを浮かべながらPCを操作していた。何かあったのかと尋ねると、彼女はこちらに視線さえ向けずに手を動かしながら、先ほどチェックインしたお客様が部屋の変更をご所望で利用状況等の修正作業をしているのだと言う。

 私の本業はサービス改善担当で、これぞ私の出番であると意気込んで、
「変更をお求めの理由は?」
と尋ねてみると、彼女は営業スマイルからさらに口の端を持ち上げて、
「これは改善の仕様がないことよ」
と上品に断言する。

 私が首を傾げると、
「年に一人か二人いるかいないのだけれど……」
あるフロアにご案内すると、エレベータをでるや否や顔色を変えて部屋の変更を求めたり、宿泊をキャンセルするお客様がいらっしゃるのだそうだ。フロアまでは平気でも、ある部屋へ案内すると嫌がるという例は更に多く、それ故混雑する時期以外では、その部屋を指定されない限りお客様をご案内しないことにしているとも。

 今一つピンと来ず、
「それは、それこそ何か明確な理由があるんじゃないんですか?」
と尋ねると、作業を終えた彼女は胸の前で手を垂らし、ぶらぶらと揺らして見せる。
「貴方が生まれる前のことだけれどね、ある方面でちょっとした有名人だった人がその部屋に泊まって、翌朝に亡くなって見つかったの。すぐに通報したところ部屋に薬物が見つかって、死因はその中毒、事故か自殺かは不明ということで処理されたんだけど……」
「何か問題が?」
と問うと、彼女は少しだけ眉間に皺を寄せる。
「一緒に泊まった相手が居なくなっていたの。今ほど監視カメラがあちこちにあるような時代じゃなかったから、結局行方知れずというか、身元もわからなかったようなの。まあとにかく、その事件以来その部屋やそのフロアを、気味が悪いというお客様が絶えないの絶えないの。こっそりお祓いをしたりもしたのだけれどね」。

そこまで話すと彼女はいつもの営業スマイルに戻り、それ以上は何も語らなかった。
 そんな夢を見た。

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