第七百四十二夜

 

 連休明け、同僚が何やら浮かぬ顔をしてやってきた。朝から随分とお疲れかと尋ねると、小さな子供がいるから体力的に疲労をするのは確かだが、浮かぬ顔を隠せていなかったのならそれは別の要因だと言ってスマート・フォンの画面を示す。

 そこには苔生した平たい石の積まれた台へ、水筒のキャップに入れられたお茶が置かれている様子が写っていた。台の背景は石積みの壁で、その更に後ろには僅かな常緑樹の残る冬枯れの林が広がっている。
「これは?」
と尋ねると連休中に一泊した温泉地近くの山奥で、古い神社のあるという看板を見付けて訪ねた神社だという。看板に曰く御神体は山そのもので社もなく、ただ四角く石積みで空間を切り取って地面を突き固め、お供えを捧げる石の台だけが整えられたものらしい。

 神社らしい建築物も何も無いのは張り合いがなかったが、子供達の情操教育には良かろうと思い、近くに置かれていた箒を拝借して落ち葉を掃き清め、お茶をお供えして帰ってきたのだそうだ。

 石垣に囲まれた敷地は広いというほどのこともなく、子供達が箒を奪い合うように掃除をしたからそれで疲れたというわけでもない。しばらく手を合わせてそのまま旦那の運転で帰宅した夜が問題だと言う。

 夜中にふと目が覚めた。尿意がどうとか、特に寝苦しいとかうなされたというわけでもない。本当に唐突に、寝起きの怠さもなくスッキリと目が覚めると、横で寝ている下の息子が、普段と変わらぬ幼稚園児の舌足らずな調子で、
「それ、ぼく要らない。お母さんに上げて」
と言ったのだ。ぎょっとしてその顔を見ていると、彼はうんうんと何度か夢の中の誰かに返事をし、
「ばいばい」
と言ったきり静かになった。息子が夢で誰と話をしていたのか、何を要らないと言っていたのかも気にかかるが、
「自分の要らないものをよりによって私に上げてって、育て方を間違えたかしら」
と彼女はデスクに頬杖を突いた。

 そんな夢を見た。

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