第七十一夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、新しい都市伝説、仕入れちゃった!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。

生クリームまみれのチョコチップ・クッキーを柄の長いスプーンで掬いながら、
「えー。どうせまた胡散臭いのでしょ?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「いやいや、今度は本当、間違いない」
ポニーテイルの少女は抹茶クリームと白玉をスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「というか、今日は都市伝説というより陰謀論に近いのかもしれないんだけど……」
「どっちだよ」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「ノックって、何回するか知ってる?」
と、ポニーテイルの少女が首を傾げるので、髪の房が小さく揺れて、再び鉛直に垂れる。
「え?知らない。二回とか?もしくは二回を二セットとか……かな?」
その回答を聞いたポニーテイルの少女がブザー音を真似て不正解の意を示すと、ベリーショートの少女は不満気に口を尖らせ、では正解はと問う。

口に運んだ粒餡と白玉をゆっくりと味わってから、ポニーテイルの少女が答える。
「それがね、二回のノックはトイレ、部屋のノックは三回がマナーなんだって」
「え?何それ。中三のときの校長面接のときにだってノックの回数なんて聞いた覚えないよ?それにトイレと部屋って違うの?というか、トイレも部屋の一種じゃないの?誰が決めたの?」
苛立たしげに早口で捲したてたベリーショートの少女は最後に、
「馬鹿馬鹿しい」
と鼻で笑って締めくくり、生クリームにすっかり湿ったクッキーを口にする。と、
「それそれ!」
と言ってポニーテイルの少女の興奮度が一段上がる。
「馬鹿馬鹿しい?」
「それもそうだけど、その一つ前!」
「えーと、誰が決めたか?」
最後の抹茶クリームを掬ったスプーンを口に加えたまま幾度も首を縦に振って肯定を示すポニーテイルの少女を、ベリーショートの少女がはしたないからやめろと諭す。脂肪と糖の摂取を完了したポニーテイルの少女は、饒舌に語り始めた。

「この『ノックのマナー』を決めたのは、就職情報やら就職セミナやらを取り仕切っている大手の企業らしいのね」
と言って、某という企業名を聞いたことがあるかを尋ねる。
「有名じゃん。ていうか、それの何処が陰謀論?」
「三回のノックって、何か思い出さない?」
「え?オカルトで?」
ポニーテイルの少女は首肯しながら、まだ中身の残っているグラスへとスプーンを伸ばす。その手にチョップを食らわせてから、ベリーショートの少女は首を左右に振り、顔の横に掌を挙げて降参する。
「えー、トイレの花子さん知らないの?」
大袈裟に驚きと落胆を示す相手に、
「知ってるけど、あんたみたいなマニアじゃない限り、普通はそんなすぐに出てこないって」
と呆れ顔で答える。

なんでもね、トイレの花子さんは、呼び出そうとして呼び出されるのは好いんだけど、わざとじゃなくて呼ばれたときって、相手のリアクションがつらいんだって。

ほら、カラオケで自分の入れた曲だと思ってマイク取ったら他の子の入れた曲で、ほらマイク取ってあげたよー、自分で歌おうと思って撮ったんじゃないよー、みたいな寒くて痛々しい空気あるでしょ?三番目の個室を三回ノックとか、割りと偶然やっちゃいそうじゃない。

それにね、長年トイレしか見たことがなくって、いろんな街の風景を見たくなっちゃったんだって。そこでね、就職活動のマナーとして、「トイレは二回、部屋は三回」って徹底したらどう?偶然、無意識に花子さんを呼ぶ子は減るし、花子さんはあちこちの部屋、特に日本全国の企業の面接室にお呼ばれ出来るわけ。
「つまり、その企業の裏に花子さんがいるって?」
と呆れるベリーショートの少女からクッキーの最後の一欠片を貰って、ポニーテイルが縦に激しく揺れた。

そんな夢を見た。