第七百二十六夜

 

 バックヤードで事務仕事をしているところへシフト前十分ほどの余裕を持ってバイト君がやってきた。いつも通り挨拶を交わすが心做しか元気がない。

 簡単な更衣室へ入って着替える彼へ、どうかしたのかと声を掛けると、
「いやちょっと……」
と言葉を濁す。まあ人間誰しも触れられたくない話題というのはあるものだ。話したくなければ深く詮索するつもりはない。

 ところが間もなく着替えを終えた彼がデスクの脇へやってきて、
「あの、店長って事故物件とかって気にします?」
と尋ねてくる。
「綺麗に掃除をされているなら気にしないかなぁ。それ以上は気にしたって仕方ないというか、ちょっとした入院だってできなくなっちまうもの」
と、暫く前に暫くお世話になった清潔な病院を思い出しながら答えると、
「まあ、それはそうですけど」
と今一つ納得の行かぬと言う顔をする。
「まあ、要するに事故物件に住んでるけどしんどくなってきたってこと?事前の説明はなかったの?」
と尋ねると、
「いや、引っ越してきたのは三月末からですから」
と言う。なるほどそりゃそうだ。彼の部屋が事故物件だというのなら、この年の瀬まで半年以上も過ごして何を今更ということになる。ではどういうことかと尋ねると、
「隣の部屋、なんですよ」
と彼は頭を描きながら眉を下げる。
 師走に入って間もなく、彼が大学の試験の準備に夜更かしをしていると、部屋の壁が激しく叩かれるような音がしたという。何か物音を立てていた訳でもないのに数分に渡ってあまに激しく叩き続けるのを不審に思いながらも腹立たしさが勝ち、無視を決め込んで数分するとようやく静かになった。
「それが、数日後に警察が来てわかったんですが、隣の部屋での首吊りだったんです。即死できずに苦しみながら意識の絶えるまで壁を蹴った音が耳に染み付いて……」
と、彼は俯くのだった。

 そんな夢を見た。

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