第七百二十五夜

 

 昼休みの少し前、仕出し弁当屋の軽自動車が駐車場に入ってきた。いつものように挨拶を交わしてバックドアへ回って荷物を受け取ろうと待つ。

 そこへ運転席から降りてきた弁当屋の親父さんが、
「兄さん、ちょっとだけ時間、いいかい?」
とこちらの顔色を伺うような様子を見せる。ここのところの食品や燃料代の値上げの影響で値上げでもするのだろうか。その辺の話なら社長に尋ねなければならぬがと思っていると、
「実はな、夢を見たんだよ」
と予想外な言葉を掛けられて驚く。

 なんでも夜道を歩いていて人が車に轢枯れたのを見掛けた、その車から出てきたのが私だったと、そういう夢を見たのだという。
「だからというと馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけども、気を付けてくれな」
と言う親父さんに、
「いや、僕は車も持ってないし、正夢になんてなりませんよ」
と笑って返す。

 しかし彼は、
「いや、そっちじゃないんだ。自慢じゃないが、俺は正夢なんて一度も見たことが無い」
と首を振る。それなら何に気を付ければよいのかと尋ねると、
「逆夢っていうのかね、正夢の反対さ。これをたまに見るんだよ」
と言う。曰く、財布を失くして慌てる夢を見た日にひょんなことから臨時収入があったとか、息子さんに合格通知が届いた夢を見たら実際には不合格だったとか、そういうことが割りと頻繁にあるのだそうだ。
「運転してた兄さんが人を轢くってのの『逆さ』が、兄さんが轢かれるってことになるのか、そもそもその夢が逆夢になるのかも分からねんだけどさ、なんだか胸騒ぎがしてよ」
と言うと彼は腕時計を見て、荷物を私に渡すと直ぐに運転席に戻り、
「本当、気を付けてな」
と窓越しに大声で言い残して配達へ戻って行った。

 そんな夢を見た。

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