第七百二十四夜
三時限目、本日最期の試験時間が終わって解答用紙を前の席に回し、ようやく隣の席へ、
「その足、どうしたの?」
と声を掛けることが出来た。昨日まで何でもなかった彼女が、今朝のホームルームの始まるぎりぎりに、突然左足をギプスで固め、松葉杖を突いてやってきたのだ。
彼女は我ながら情けないのだがと笑い、昨日の帰宅中、バスから降りようとして地面に足をついた瞬間、親指の付け根あたりでパキリと小気味良い音がしたかと思うと鋭い痛みが走り、そのまま歩けなくなったのだと説明する。
親切な乗客や乗務員が救急車を呼んでくれ、運ばれた先の医者に診てもらったところ剥離骨折と診断された。腱が骨を強く引っ張って、骨の方が剥がれるように割れてしまったのだそうだが、固定さえしっかりしていれば回復にさほど時間は掛からないらしい。
骨が弱かったというよりは、単に運がなかっただけと医者に言われたそうだが、
「それにしたって、よりによってテスト期間に折れなくてもよかったのにね」
と同情すると、近くの席で話を聞いていた他の友人達も全くだと頷く。
「でもさ、ちょっと面白いこともあってね」
と彼女は悪戯っぽく目を輝かせる。
剥離骨折の診断を受けた後、ギプスの処置をするまでの間、何処かの部屋の前の廊下に置かれた長椅子に案内され、そこで待たされることになった。鞄からノートを取り出して試験勉強をしながら待っていると、時折、何かの用事があるのか看護師が慌ただしく行き来する。やがて看護師さんに案内されて部屋に入り、ギプスを付け、それが固まるのを待ちながら、傍らの年配の看護師に、
「看護師さんの服って、自前なんですか?」
と尋ねてみる。
「いえ、うちは制服よ。昔はそういうところもあったけれど。どうして?」
とにこやかに答える彼女に、
「いえ、さっき待っている間に通り掛かった看護師さん達が、ほとんどの方が白いナース服だったのに、一人だけ薄いピンクの方がいらっしゃったので」
と答えると、
「ああ、貴女、あの人が見えるのね」
と笑って、ピンクのナース服は二十年ほど前のこの病院の制服で、その頃の看護師の幽霊が出るという噂があることを教えてくれた。
「それって、怖くないんですか?」
と尋ねると、彼女は、
「今の制服を着て紛れ込んでる不審者でも居たほうがよっぽど怖いもの」
と笑ったのだという。
そんな夢を見た。
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