第七百三夜

 

秋分を回って大分暗くなってきた早朝、昨日の雨のためか既に蒸し暑い中を店の裏の倉庫前に立って守衛と世間話をしていると、いつも通り定刻にトラックがやってきた。

守衛の前を離れてトラックを定位置へ誘導し、コンテナを開ける隣にドライバがやってきて、
「おはようございます」
と互いに挨拶を交わす。

つつがなく荷を倉庫へ運び入れてから、倉庫脇の喫煙所で缶珈琲を渡すと、どうもドライバの顔色が優れない。近頃暗くなってきたからというわけでもなさそうだがと冗談めかして尋ねると、
「実は今日、ほとんど眠れなかったもので」
と苦笑が帰ってくる。ドライバに睡眠不足は禁物だろうと心配すると、
「本当に仰る通りなんですけれど、昨日はどうしても忙しかったもので」
と、二本目の煙草に火を点けて、細長く煙を吹く。

昨日の仕事を昼で終え、隣県の実家へ自家用車で向かうことにしたという。

隣県ではここ二日、秋雨前線が停滞していた影響で長雨となっていた。規模は大きくないものの道路の冠水やら河川の氾濫やらもあり、ちょっと様子を見に行くつもりだった。

高速道路を一時間ほどで降りて一般道に降りたのが二時を少し回った頃だった。空一面が分厚い雲に覆われて薄暮のように暗い中を実家へ向かっていると、不意に背筋に悪寒が走った。

特に何かの契機があったわけでもなく、唐突に、もうそこに誰かいるとしか思えぬ強烈な視線と息遣いとを感じた。慌ててルームミラーに目を遣るが、もちろん誰の姿もない。そのまま運転する気にもなれず、道の脇に見付けたコンビニエンス・ストアの駐車場に入り、後部座席が目に入らぬように店内へ逃げ込んだ。店内から車の様子を覗うが、もちろん中に誰がいるわけでもない。ひとまず落ち着こうと珈琲とドーナッツを買い、店内の椅子に腰を下ろして口にするも味がしない。到着が少し遅れそうだと実家に連絡を入れておこうとスマート・フォンを取り出すと、道路情報のアプリケーションに、ちょうど向かう先の橋が川の増水で通行止めになっている。少々遠回りをせねばならぬので、到着は更に遅れそうだと電話をし、気を取り直して車に乗り込んだ。
「で、ちょっと走ると通行止めになっているって橋の手前で警察が交通整理をしていて、橋のすぐ脇の岸が崩れて大事になっているって。あのまま走っていたらどうなっていたか……」
「うーん、それならその後部座席の気配ってのは案外、それに巻き込まれないように助けてくれたのかもしれないねぇ」
「もしそうなら、あんな気味の悪い仕方はやめてほしかったなぁ」。
ドライバがそう苦笑いをすると、目の下の隈が一段濃く深くなって見えた。

そんな夢を見た。

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