第六百八十二夜

 

知人の紹介で隣県から初めて受けた依頼の打ち合わせに初めて行った帰り道、少々悩んだ末に海岸沿いの遠回りではなく、行きに通った山中の最短ルートを戻ることにした。夏至から間もないから日が落ちるまで多少の時間があって山道でもそう困らないだろうし、ネットで確認した交通情報によれば海岸沿いの幹線通りが渋滞気味だったからだ。

そういうわけで市街地を離れて山道に入る。窓を開けると森の冷気が心地好い。

眠気予防にラジオを付けるとちょうど六時半を回ったとディスク・ジョッキが告げ、リクエストのビートルズが流れ始める。県境のこの山を超えるのに、行きは二十分ほど掛かったろうか。この番組が終わる頃には山を抜けて盆地に戻れるだろう。

そんな事を考えながらラジオを聞き流しつつ車を走らせていると、眼の前に小さなトンネルが見えてきた。
――はてこんなトンネルがあっただろうか。
カー・ナビゲーションの地図をちらりと見て記憶を辿ってみる。画面に示された赤いルート表示に見覚えがあるような気がする。今朝方、行きに通った道と同じ道を反対に辿るルートを示しているものと思われる。きっと特に意識せずに通ったために記憶に無いだけなのだろう。

そう思って車を進めるが、トンネルの入口手前で車を停め、幾度か切り返して引き返す羽目になった。トンネルの上部に車高制限二・二メートルの表示があったのだ。仕事用の機材を積み込むために選んだこのワンボックスの車高は二・三メートル弱で、僅かに高すぎるのだ。行きに同じ道を通ったのならこのトンネルを通ったに違いないのだが、そのときは車高制限など無かったように記憶している。山中の道だから目標物が少なく、同じルートと錯覚しただけだろうか。それともルート自体は行きと同じで向こう側の表示が無かったのか。

どうにもスッキリしないまま、ルートから逸れたとやかましく告げるナビを放置して暫く元来た道を引き返す。山を登る方向の分かれ道を見つけて左折、暫く進んでから路肩に車を停めてルートの再探索を命じる。兎に角この山を超えなければ帰れないのだから、トンネルがだめなら山を登る道を選んで間違いないはずとの判断だ。

程なく地図が更新されて驚く。現在位置のマーカが、地元の盆地から山を越えて隣県に向かうルートの入り口に光っている。そんな馬鹿なと再び切り替えして山道を下ると程なく見覚えのある盆地の街の灯りが見え、道路標識にも自分の街の名前が示されている。いつの間にか県境の山を超えていたのは確からしい。

狐に抓まれたような気持ちで車を走らせていると、
「……懐かしいビートルズの一曲、いかがでしたでしょうか……」
と、ディスク・ジョッキのお喋りが始まるところだった。

そんな夢を見た。

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