第六百七十七夜

 

トレイに載せたカップ二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、後輩から凄いのが送られてきたんだけど!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。
二センチ角に刻まれたパイナップルと寒天とをスプーンで掬いながら、
「え?あんた後輩までその趣味に巻き込んでんの?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「そんな、悪の組織みたいな言い方……」。
ポニーテイルの少女はキウイを刺したフォークを不満げに揺らしながら、透明なビニル・シートの向こうに坐るベリーショートの少女へ抗議する。
「いやごめん、言い過ぎた」
「そもそも今回は後輩ちゃん達が自発的に盛り上がってて、私がそれを嗅ぎつけただけなんだから」
「今回『は』ってのが気になるんだけど……」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。

ポニーテールの少女は胸ポケットから手帳型のケースに入ったスマート・フォンを取り出し、ベリーショートの少女へ画面を見せる。顔をビニル・シートに近付けたベリーショートの少女は、
「何これ、なんでみんなして目を閉じてるの?黙祷?」
と問う。ポニーテイルの少女はパフェ・グラスの底の方のコーンフレークと生クリームとをフォークで掘り出しながら、
「後輩ちゃんの中学の卒業アルバムの集合写真なんだって」
と言う。ベリーショートの少女が、
「ええ、それにしちゃちょっと辛気臭すぎない?」
と言うと、
「うん、変な写真だよね」
とポニーテイルの少女も頷く。右手に持ったフォークを駆使して左手のスプーンにパフェの具を盛りながら、
「その子の言うにはね、卒業式の日にその卒アルを配られてさ、最後のホームルームが終わった後に寄せ書きのページとかで盛り上がってたんだって」。

暫くして誰かが、集合写真が変だと言い出した。そのクラスの写真だけ、皆が俯き気味に目を閉じて写っている。心なしか顔色も青褪めているようで気味が悪い。写真は学校と契約しているプロが撮ったもので、いくらなんでもそんな失敗をするとは思えないし、仮にそんな写真が撮れたとしても、アルバムに採用するはずがない。

皆で担任に訴えると、後日そのアルバムは全て回収され、今になって漸く修正版が郵送されてきたのだそうだ。
「だから、こっそりスマホを持ち込んでいた子がクラスメイトに回した写真しか残ってないらしいよ」。
「回収って、折角の寄せ書きが失くなっちゃったの可哀想だね」
と返すベリーショートの少女に、ポニーテイルの少女は珈琲を一口飲み、
「それはまあそうなんだけど……」
反応してほしいのはそこではないと口を尖らせる。
「うーん、今の時代、写真の目を閉じさせるくらいの加工はスマホでも手間さえ掛ければ結構簡単に出来るしねぇ」
と肩を窄めて見せるベリーショートの少女に、
「世知辛い世の中になったもんじゃよ」
とポニーテールの少女はおどけて返した。

そんな夢を見た。

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