第六百七十二夜

 

気象庁が梅雨入りを発表した週の休日、朝食を摂りながら見た天気予報で「今日は貴重な晴れ間」と言うのを聞き、溜まっていた洗濯物に手を付けることにした。
アパートから徒歩三分ほどの位置にあるコイン・ランドリィへ洗濯物を運び、二台の洗濯機に分けて回す。当然暫く暇になるので、普段ならばラックに置かれた雑誌でも読むかスマート・フォンで適当なネット・サーフィンでもするのだが今日は違う。天気予報のキャスタが「カビや食中毒に注意」と言うのを聞いて、一つ仕事を思い出したのだ。

洗濯機が問題なく仕事を始めたのを確認してベンチに腰を下ろし、洗濯物入れの大きな鞄から黒革のブルゾンを取り出す。これからの季節、冬の間の汚れを放置して仕舞い込んでいるとあっという間に黴びてしまう。梅雨に入って多少肌寒い日も無いではないが、流石に革ジャンを着る機会は無かろうし、今日を逃すとそのまま次のシーズンを迎えそうな予感もあって、洗濯を待つ間に手入れをしようという算段だ。

ボロ布に汚れ落としを取って首周りを軽く拭うと、あっという間に布が黒く汚れる。皮脂やら垢なのだろうか、革が黒いから目立たないが、意外に汚れるものなのだ。次に汚れるのがやはり手で触れる袖口とポケットの入口辺りだ。順に汚れを拭い去り、布に汚れの付かなくなるのを確認して袖に移る。

このブルゾンを買ったのは昨年の秋頃、友人に連れて行かれた古着屋で、質の良さそうな革にしっかりとした縫製の割に格安だったため迷わずに購入した。疫病騒ぎでオシャレをする機会も余りなかったが、値段が値段なので普段使いに活躍してくれた。

ポケット類の装飾の多い全面の細かなヒダには多少の埃が溜まっていて、爪にまとわせた布でそれを拭うのに手間取ったが、洗濯が終わる頃にはそれも終わった。

洗濯物を乾燥機に移してベンチに戻ると、いよいよ背中の広い面を拭う段になる。ショートケーキの苺は最後に食べる質なのだ。この広い面を一気に片付けるのが気持ちいい。

右半分を拭うと、どういう機会に汚れるものなのか、布に多少の黒ずみが付く。二、三度拭って左に移ろうとして、黒革の表面の風合いに違和感を覚える。左脇から腰にかけて、革の肌理の細い溝に妙な色が入っているように見える。

汚れ落としで湿ったボロ布で訝しみながらそれをなぞると、布は鉄錆のように赤黒く染まるのだった。

そんな夢を見た。

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