第六十七夜

「で、相談って何です?」
頼んだ料理が揃って乾杯し、グラスのビールを一口呑んで若い男が問う。卓の向かいには高級なスーツに身を包んだ四十絡みの紳士が土気色の顔をしてグラスをあおっている。グイグイとグラスを空け、手酌で中瓶からビールを注いで、紳士は漸く口を開く。
「実は今日な、拝み屋というのかな、社長の紹介で行ってきたんだ」。
男は目を丸くしてハァと驚きの声を上げた後、
「まぁ、そうか。大きな会社だとか政治家だとか、占い師やらにハマりがちって言いますもんね」
と一人頷いてから、
「でも、なんでまた?」
と紳士に水を向ける。
「夢に、青白い顔をした男が出てくるんだ」
と、紳士は精気のない声で話し始める。

ひと月程前から、寝ると必ず青白い顔をした男が夢に出るようになった。初めはただ恨めしそうな目で黙ってこちらを見るだけだったが、一週間二週間と経つうちにだんだんこちらへ近付いくる。夢を見れば冷や汗をかいて目が覚める。睡眠時間は短くなるし、また夢を見るのだと思うと寝付きも悪くなってきた。

今週に入ってついに首を締めてくるようになったのだが、社長に「どうも顔色が悪い、何か問題を抱えているだろう」と見透かされ、うっかり夢のことを漏らしてしまった。「気が弛んどる」とでも叱られるかと思ったが、夢見が悪いなら知り合いを紹介すると言われ、勤務時間中に拝み屋へ連れて行かれた。

紳士の呟くような語りに、男は
「ほう」
とか
「それで?」
などと気の抜けた相槌を打ちながら焼き鳥を肴にビールを呑む。紳士は咎めるでもなく続ける。

拝み屋が言うには、夢の男はただの代表みたいなもので、実は恨みのある者が山ほど取り憑いてる。ただ霊感が弱くて、波長の合うその夢の男だけしか夢枕に立てないものだから、他の霊達もどんどんそいつにくっついて、力が強くなっているんだろう。ちょっとこれは、ちまちまお祓いしても埒が空かない。
「いや、そこをなんとかするのが拝み屋の仕事じゃ……?」
と男が鼻で笑うと紳士も苦笑し、
「じゃあどうしたらよいかと尋ねたらね、『夢の男』が核になっているわけだから、彼の望むことさえ満足させてやれれば、後はなんとかできるって言うんだ」
「望むことって?」
「わからんのだそうだ。いろんな霊がごちゃまぜになって自分の主張を叫んでいるものだから、端からは支離滅裂なことを言うようにしか見えない。『どうして』とか『返せ』とか『何故俺が』とか言ってるんだそうだ」
そう言って深く溜息をつくと、紳士は温くなったビールを一気に飲み干す。

「あ」と声を上げると、男は鞄からノート・パソコンを取り出して何やらキィを叩く。間もなく、
「これじゃないですかね」
と紳士に向けた画面には、二人の社の発売した新型車に乗った若い夫婦が起こした事故の記事が表示されている。事故の日付はおよそひと月前、運転していた夫は軽傷も、助手席の妻が胎児とともに死亡するという痛ましい事故だ。

何故この事故だと断定できるのかわからぬといった表情で紳士が男に目をやると、
「これ、うちで開発した衝撃回避システムのせいでしょう?ドライバー席の保護を最優先に制御したから、助手席側が犠牲になったんですよ。で、生き残った旦那さんが、なんで俺だけ生き残らせた、嫁と未来の子供を返せって……」
とパソコンを受け取って、
「きっとこの件に対応して欲しいんですよ、その夢の男の人。……そうですね、まず、運転席、助手席、後部座席左右のうちシート・ベルトの締まっている席はセンサで拾ってるから……。ユーザがその中から、衝撃回避の優先順位をAIに対して指定できるようにオプションを導入しましょう。各指定に対する回避動作のAI処理は、殆どパラメータ弄るだけでイケルと思いますよ。呪い殺される前に完成させなくっちゃ」
と笑うのだった。

そんな夢を見た。

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