第六百六十六夜
私の通う小学校は創立百周年を超える古いもので、いわゆる学校の七不思議がたくさんある。七つどころか両手両足の指でも足りなくて、もうどれが元々の七不思議なのかわからない。七不思議なのに「たくさんある」だなんておかしい?でも、そのお陰で「七つ目を知ったら呪われる」なんて話もない。だから、安心して私の話を読んでほしい。
ここ数日、何やら女子グループの幾つかが騒がしい。休み時間の度にヒソヒソ話をしては数人組で教室の外に出て行ったり戻ったり、大はしゃぎでに戻ってくる者も居れば不満気な様子の者もいる。積極的に聞こうとしているわけではないものの、仲の良い子が仕入れた情報によると、どうもトイレで怪談騒ぎが起きているらしい。
所謂「トイレの花子さん」が出るという。発端は隣のクラスの女子が体育館のトイレに入って何やら不気味な声を聞いたとかで、わざわざ短い休み時間に別棟の体育館まで走って行って「現場検証」をしているのだそうだ。
そんな様子を見かねたのか、給食の配膳の時間に担任が、
「どうも最近、女子の間で花子さんの話が盛り上がっているらしいが……」
と話を始める。休み時間の度に廊下を走っているのだから叱られても仕方がないだろうと思っていると、
「うちの学校の花子さんはな、男子トイレに居るんだぞ」
と予想外の話を始めた。彼は黒板に四角を二つ描き、その一方の内側に二本の縦線を引き、左右に出来た長方形に二本ずつ横に線を引く。
「これ、女子トイレね。三つの個室が左右にあって、真ん中が通路で狭い」
と言いながら個室から中央に向かって扇形を描き足して、
「扉をこうして外開きにすると外が狭くなって待っている人に当たったりしやすくなる。だから女子の扉は内開きなんだ」。
そのままもう一方の四角に縦線を一本引き、出来た小さな長方形を横線で三つに区切り。
「けれど、男子トイレは片側に小便器、片側に個室で空間に余裕があるから、女子トイレと違って外開きのドアなんだよね」
と言うとかれはチョークを置いて振り返り、
「先生が子供の頃、女子トイレに花子さんが出るって話があってね」。
それは、特定のトイレを三回ノックして「花子さん遊びましょ」と呼び掛けると、トイレの扉が勢いよく開かれるというものだった。手品が好きだった担任はなにかタネがあるに決まっていると女子から詳しく話を聞いて女子トイレの扉が内開きだと知り、直ぐにタネを見抜いた。
「内側に誰かが隠れていて、合図に合わせて扉を引っ張って、扉の影に隠れていればいい。外で協力者がキャーキャー言って逃げ出せば皆逃げて、中に人がいるか確かめることもないだろう。トイレの個室の壁板は上下に隙間があるけれど、わざわざよじ登って中を確認する人もいないだろうし、下の隙間なんてわずかだから、トイレの床に顔を付けてまでなんてあり得ない」。
ところが話をしてくれた女子が、それなら男子トイレで花子さんを呼ぶという。放課後に男女数人で男子トイレに集まって「実験」をする。男子トイレの扉は当時も外開きで、中に誰も居ないことを確認し、ノックして呼び掛ける。当然、何事も起こらない。三回、四回と繰り返し、
「五回目だったかな、女子がしつこく繰り返せとせがむから、最後の一回だぞってやってみたら、扉がすごい勢いでバーンと開いて、皆ダッシュで逃げたんだ」。
その後、女子トイレの方でも同じように個室の中に人が居ないことを確認しての「実験」が行われると、そちらは一度も成功しなかった。
「女子の方が悪戯だったのか本当だったのかはわからないけれど、どっちにしろうちの学校の花子さんは男子トイレに引っ越しちゃったんだよ」
と先生は笑い、
「だから、『実験』をするならまず男子トイレでやるといい。すぐそこだから、廊下を走る必要もないしな」
と締めくくった。
そんな夢を見た。
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