第六百六十夜

 

電車で訪れた取引先から、先方のご厚意で用意して頂いたタクシで帰社することになった。同行した部下との必要なやり取りを終えると特に話の種もなく、手帳を取り出してメモ書きを確認しながら暫く過ごす。

と不意に、
「運転手さん、最近キャンプ場かどこか、山の中へいらっしゃったことはありますか?」
と部下が余所行きの、やや上擦った声を出す。運転手はルームミラーをちらと見てから、
「よくお分かりになりましたね」
と驚きの声を上げ、朝方に近くの山まで家族連れを乗せていったばかりだと言う。
「キャンプ場で一泊するのだそうで、渋滞が嫌で近くまで新幹線でいらっしゃったとか。明日の昼過ぎに迎えに来てとのことでした」。

何故そんなことが分かったのかと部下に尋ねると、
「座面と背もたれの間にこれが挟まっていたので」
と言って、手にした細長い紙切れをこちらに示す。どこかの量販店のレシートで、生鮮食品や飲料の類が列挙された下に、木炭とライタが並んでいる。なるほど、キャンプ用具だけ持ってきた家族が重量のあるものを現地の付近の量販店で調達したということか。

運転手は清掃が至らなかったと平謝りをするが、こんな紙切れ一枚に目くじらを立てるほどのこともない。
「そうそう、レシートと言えば、呪いのレシートってご存知ですか?」
と尋ねる運転手に、
「怪談ですか?」
と部下が目を輝かせる。

その声色を許可あるいは催促と解釈したのだろう、
「えーと、確か、七輪、練炭、マッチ、着火剤、ダクトテープ、虎ロープだったかな、要は、練炭自殺用のセットですよね。部屋とか自動車とか、場合によったらテントとかの中で七輪で練炭を燃やして、空気が入らないように、ダクトテープで目張りをして」
と話し始める。
「それらだけを一遍に買ったレシートを、ホーム・センタの店員が見付けるんです。アルバイトの学生なんですが……」。
このラインナップは自殺用としか思えないと非日常的な出来事に興奮した店員は、それをわざわざ財布か何かに仕舞っておいて、大学の友人に見せる。キャンプでもするんじゃないかと友人が反論する。それならテントでもランタンでも折りたたみ椅子でも、何かしらのキャンプ用品が一緒に買われていて然るべきだ、だからこれは自殺志願者のものに間違いないと、店員は決めてかかる。

ひょっとしたらウチの店に警察が来て、事情聴取なんてことになるかもしれないと興奮して話す店員を、友人は人の死んでいるかも知れない状況がそんなに楽しいものかと店員を見損ない、距離を置くようになる。

暫くすると店員が大学に来なくなる。どうやら自殺したらしいとの噂を耳にした友人が噂をしている連中に、『どうして自殺だと分かったんだ?』と尋ねると、葬式だか通夜だかに行ったという一人が財布から一枚のレシートを取り出す。

店員の両親が形見分けに何か持っていって欲しいと通された部屋で見つけたというそのレシートには、七輪、練炭、マッチ……と、友人が見せられたのと同じ商品が並んでいた。
「だから、妙なレシートを見付けても、変に拾ったりしないほうが身のためですよ」
と、運転手は優しく低い声で話を締めた。

そんな夢を見た。