第六百五十九夜

 

休日の朝早く、割と仲の良いバイト仲間が入院したから代わりに入ってほしいと店長から連絡が来た。半日仕事をした後、都合のつくときに見舞いにでも行こうかとメッセージ・アプリで連絡を入れると、入院したのは昨晩のことで、今日午前中、既に退院しているという。

大した病気でないなら何よりだ。盲腸か何かかと尋ねると、今は警察の事情聴取の最中だからと返事が返ってきて、それきりこちらのメッセージに既読表示が付かなくなる。

交通事故でも起こしたか、傷害事件の被害者にでもなったのだろうか。退院したというからにはひどい怪我ではないのだろう。心配は減ったが、一体何があったのかと好奇心がくすぐられる。暇になったら何があったか教えてほしいとだけメッセージを入れて、締め切りのレポートの仕上げに取り掛かる。急なバイトが入らなければ昼の内に片付けるつもりだったものだ。

暫く集中して完成の目処が立ったところで冷めたコーヒーを淹れ直そうと席を立つと、ズボンのポケットの中でスマート・フォンが振動した。彼からのメッセージかと取り出してみると、ミリタリ系のズボンの写真が送られてきていた。

これは何かと返事を送り、珈琲メーカをセットすると通話の要求が来る。それを受けると、長い話になるので書くのは面倒だからと言って、こんな話をしてくれた。

昨日の昼間、午前中で大学の講義の終わった彼は妹にせがまれて買い物に
出掛けたそうだ。あれこれおしゃれな店を見て回った中に一件の古着屋があった。そこで一目見て気に入って、先程のズボンを買ったと言う。

妹を実家へ送って帰宅し、買ってきたズボンを洗濯しようとしたところ、尻の内側に何やら大きな染みが見える。店では内側までよく見ずに気付かなかったのだろう。風呂場で洗ってみようと洗面器にぬるま湯を張ってズボンの尻を付けて擦ると、何かが目に染みる。続いて吐き気と目眩がし、水でも飲もうと風呂場を出たところで記憶が曖昧になって、次に意識がはっきりしたのは病院のベッドの上だったそうだ。

買い物の荷物が足りないのに気付いた妹が、彼の袋の中に彼女のものが紛
れていたのだろうと連絡をしても一向に連絡が取れず、心配して通報したためにすぐ発見・搬送されたのだが、
「救急隊員の証言と洗面器に残った水から判断するに、ズボンに何かの薬品が付いていて、水に溶けると反応して毒ガスが出るようになっていたんだろうって話でさ……」
大した量ではなく、早々に風呂場を出て、発見も早かったため後遺症の心配もないそうだが、意図的にそんなことをした何者かがいると思うと、電話口の向こうの彼のように笑う気にはなれなかった。

そんな夢を見た。

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