第六百四十一夜

 

夕方、祖父から連絡が来た。私の職場近くまで用が有って来たから、家まで送ってくれると言う。まだ退社まで一時間ほどあると返すと、待つのは慣れているし、久し振りに孫の顔も見たいとのことで、仕事場の最寄り駅のロータリィで待ち合わせをした。

駅に着きタクシー乗り場から外れた所に祖父の車を見付けて駆け寄ると助手席のドアが開いて挨拶をして乗り込む。

ゆっくりとロータリィから車を出す祖父に用事とは何だったのかと尋ねると、警察に呼ばれたのだと言う。びっくりして何があったのかと尋ねると、
「いや、大したことじゃない。乗せたお客さんが亡くなったから話を聞かせてくれってね」
と、透明な仕切り板の向こうで笑う。祖父はタクシィ・ドライバだ。

数日前、お得意様の予約の仕事帰りの晩のこと、帰宅途中に派手な身なりの男が路肩で手を挙げていた。うっかり表示を回送にし忘れていたのだ。せめて自宅と同じ方面へのお客であれと祈りつつ男を乗せると、目的地も言わずに兎に角出せと言う。面倒なタイプの客だ。

暫くそこの信号を左だの右だのの指示に従うが、辺りをぐるぐる回っているだけだった。挙げ句にはさっきの交差点を逆に曲がった、これじゃあ金は払えないだのと言い始めた。
「それならここで降りてくれ」
と速度を下げて路肩に車を停めると、前方からスーツ姿の女が車内の様子を伺うように小さく首を傾げながら歩いてくる。
「ほら、次のお客さんも来るよ」
と後部座席の男に顎で示すと、男は態度を一変させて財布から札を出して押し付け、先払いするから車を出してくれと言う。

腹は立ったが仕方がない、助手席の窓を開けて女に頭を下げてから車を出すと、ものの五分で男の自宅マンションに着き、男は逃げるように車を転がり出て行ったそうだ。
「その男の人が亡くなったの?」
と問うと、
「ああ。首に女のものらしい手形があって、絞殺だって。それで容疑者がそいつに貢がされてたOLさんだって言うんだけど……」
そのOLにはアリバイがあるという。当夜に男の自宅前で男を待っていはいたが、男の戻る十五分ほど前に諦めてそこを離れて帰宅したと主張する。マンションの監視カメラには確かにその通りの映像が残されていて、その後に男の部屋のある三階まで監視カメラに映らず侵入するのは不可能だ。その女が、祖父の乗せかけたスーツ姿の女性だった。
「他に部屋に侵入者のあった様子も無いらしくて、刑事さんは『生霊でも飛ばしたんじゃないか』と苦笑いしていたよ。お前も変な男に引っかかるんじゃないぞ」
と、祖父は冗談交じりに有り難い訓示を垂れるのだった。

そんな夢を見た。