第六十四夜

「不思議なことってのは、あるもんなんだなぁ……」
と、乾杯のビールを一口飲んだSEの友人が切り出した。

一ヶ月ほど前に彼の引っ越しを手伝った際に、相場より随分と家賃の安い物件を見つけたのだと喜々として語っていたのを思い出す。値段には理由のあるもので、何らかの瑕疵のある、つまり事故物件だろうことは容易に推測される。だからといって、
「何か怪談じみたことでも?」
と訝しむ私に苦笑いを返しながら、
「はじめはパソコンのハード・ディスクだったんだ」
と彼は語り始める。

引っ越しの手伝いを終え、そのまま引越し祝いに飲み明かした友人達が帰った後、ネット接続の設定をしようとパソコンを起動させると様子がおかしい。

画面の表示を見ると、ハード・ディスクが認識されていないらしい。衝撃で壊れやすいとは知っていたから、荷運びの際に雑に扱ったか何かのせいだろう。仕事がら、会社のデータを持ち帰って自宅のパソコンで作業をすることは禁じられているので特に困るわけでもなく、自宅にいる時間ももともと短い。落ち着いたらハード・ディスクだけ買ってきて交換をすればよいだろう。引越し代をケチった分で十分元が取れること、そもそもシステムをハード・ディスクに入れている古い物でもあることから、故障について友人達を責める気はない。

ネット接続は暫く諦めることにして、荷解きに取り掛かる。

ところが、そのBGMにでもしようとテレビをつけるとエラーメッセージが出る。録画用の内蔵ハード・ディスクが認識されないというが、こちらは引っ越しの一ヶ月ほど前に買い替えたばかりだ。それなりに値の張る買い物でもあったから毛布で包んで慎重に扱ったし、ワゴン車の中でも膝の上に抱えて運んだものだ。何処かにぶつけた記憶もない。

サポトート・センタに電話をして無償修理の約束を取り付けると、その日はスマート・フォンにパソコンのスピーカを繋いでBGMを流しながら荷解きをすることにした。

十日ほどして修理から返ってきたテレビは、しかしやはりハード・ディスクを認識しない。趣味で贔屓のチームの試合中継を撮り溜め、それを眺めながら酒を飲むのが僅かな休日の数少ない楽しみなのだから、これは実に困る。直ぐにまたサポート・センタへ苦情を出して修理に出す。が、再び返ってきても症状は変わらなかったという。

「つまり、電波とか磁気とか、そういう方面で異常のある物件だったと?」
と私が合いの手を入れると、
「それならパソコン自体なり、スマートフォンなりだって壊れそうなものだろう?駄目になるのはハード・ディスクだけらしいんだ」
と彼は首を振って答える。確かにその通りだと頷く私に、
「別に、幽霊だとかを信じる訳じゃないんだけどね」。
そう前置きしてから、彼は続ける。

贔屓の試合の録画が無いこともあって、久しぶりの休日を不動産屋に文句を言うことに費やすことにした。ハード・ディスクが壊れる、何か知らないかと問うと、担当者はあなたもですかと困惑した表情を浮かべる。何か知っているのかというと、これまであの部屋を借りた何人もの人間が、全員同じことを言って直ぐに部屋を解約して困っているのだという。

曰く、近くには大きな送電線や変電所があるわけでも、何かしらの工場があるわけでもない。数年前に一人だけ入居者が亡くなったことはあるが、それは自宅でのことではなく、勤務地近くでの交通事故によるもので、部屋自体は事故物件でも何でもないという。
「それで、何となくピンときて確認したらね、その死んだ入居者ってのは、男だったらしい」。
「ああ、何かハード・ディスクを壊したい事情があったのかねぇ」
と返す私に彼は、
「この世に思い残すこと――未練っていうのかな――があると化けて出るとか、成仏できないってのは、ひょっとするとひょっとするのかもしれないなぁ」
と笑う。

結局、ハード・ディスクの問題はどうしたのかと尋ねると、試しに換装したSSDが壊れないので解決だと言ってグラスのビールを飲み干した。

そんな夢を見た。

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