第六百三十九夜

 

ストレスの発散に付き合ってほしいと誘われた居酒屋で晩くまで酒を飲み、結局足がなくなって、そのまま友人宅へお邪魔することとなった。

途中深夜営業の量販店で酒とツマミや甘味を仕入れ、友人宅へ着いたのが一時半頃、風呂を沸かして私、家主ではない友人、友人の順に入るともうじき二時半になるところだった。家主が頭にタオルを巻いて戻ってきていざ三人揃うと、三人の口はBGM代わりに流していた深夜番組を眺めながらだらだら酒とツマミとを流し込む器官になった。タクシー内でも喋り、風呂を待つ間にも残った二人で喋りを繰り返したのだから、そろそろ話の種が尽きるのも無理はない。

暫くそうしていると、モニターの左横手からゴトリと重くくぐもった音がして、それが床に座った尻にまで届く。音の出処を振り返ると金属製の戸が二枚、床から天井近くまで伸びていて、どうやら押し入れらしいとわかる。
「何?今の」
「さあ、あんな音のするものなんて入れた覚えないけど」
「何が入ってるの?」
「下段が夏冬物と布団とか。上は突っ張り棒にハンガーを提げてクローゼット代わり」。
中央を蝶番で繋がれた二枚の戸が片方の端を固定され、もう片方の端が上下に張られたレールに沿って左右に動き、それに合わせて中央部分が手前に折れるように迫り出して開閉するタイプの戸だ。
「えー、中に誰か居たりして。何かそういう都市伝説とかあるし」
と茶化して笑う友人に、家主が大きく眉根を寄せてやめろと言う。彼女は怖がりで怪談話の類やゾンビものの映画すら苦手なのだ。

それを聞いた友人は、何処まで本気かからかいなのか、
「中に誰もいないのを確認しないと怖いよね?」
と家主に押し入れを開ける許可を求める。結局家主が折れ、中の布団を敷くついでにその中を確かめようということになる。

勿論というべきか、意を決して戸を引き開けても、三組の布団を取り出しても、人間どころか何かの拍子に倒れて重い音を立てそうなものすら見当たらない。これでは詰まらないと頬を膨らませた友人は何某かの収穫を求め、床に這ったまま押入れの中に頭から突っ込み、その中で少しずつ頭と尻の位置を入れ替えてこちらを振り返る。

ヒッと、短く息を吸うような声ともつかぬ音が彼女の喉から漏れる。震える手でシャツの胸ポケットからスマートフォンが取り出され、半開きになった戸の裏へ構えられてフラッシュが光る。

その様子を何事かと見守る私と家主に彼女が示した画面に映るのは、三角に折れて普段見ることのない戸の裏一面に貼り付けられた数枚の不気味な御札だった。

そんな夢を見た。

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