第六百三十八夜

 

買い出しの荷物を車から下ろしていると、下の娘が駆けてきて脚に取り付き何やら喚きだした。家の中で荷物を片付けていた妻が顔を覗かせると娘はそちらに鞍替えして家の中へと消える。

荷物を玄関まで運び終わると高校受験を控えた上の娘に勉強を見てくれと言われ、うがいと手洗いを済ませて数学の質問を受ける。

暫くして珈琲でも淹れようかと居間に戻ると、荷物の片付けを終えて早速夕食の準備に掛かり始めていた妻が、
「何か、お化けに遭ったんですって」
と、ソファでうつ伏せに眠っている下の娘を視線で示す。
「へえ、珍しい」。
よく晴れて明るい日曜の午後にと言う意味でも、写真でも動画でもPCで簡単に合成出来てしまうことが世間に知れ渡っているこの時代にと言う意味でもだ。

我が家から少々離れた所に大きな運動公園があるのだが、そこへ行くには片側三車線の幹線道路を渡らなければならない。ちょうどその経路にあたる交差点で、半年ほど前に交通事故があった。バイト帰りの高校生が信号を待っていて暴走車に突っ込まれて亡くなったのだが、それが下の娘の同級生の姉だった。

そこへ町内会で交通安全祈願の小さな地蔵と碑とを建てると言う話が出て、つい先日完成した。それを見た娘が手を合わせようとしゃがみ、車道へ下りるところが斜めになっているためにバランスを崩して転び、膝を擦りむいた。
「そうしたらお地蔵様の方から、若い女の人の声で『大丈夫?』って声がしたんだって」
と話す妻の声色は、脅すでも怖がるでも茶化すでもない淡々としたもので、基本的にその手の話を信じない私も「何を馬鹿な」と笑い飛ばす気にはならず、唇を横に結んで頷いた後、珈琲を注いだマグを持って上の娘の勉強部屋へ、珈琲をこぼさぬよう慎重に足を運んだ。

そんな夢を見た。