第六百三十二夜
私の通う小学校は創立百周年を超える古いもので、いわゆる学校の七不思議がたくさんある。七つどころか両手両足の指でも足りなくて、もうどれが元々の七不思議なのかわからない。七不思議なのに「たくさんある」だなんておかしい?でも、そのお陰で「七つ目を知ったら呪われる」なんて話もない。だから、安心して私の話を読んでほしい。
担任から七不思議の一つを聞かされて帰宅した私は、台所で夕ご飯の支度をしていた祖母のお手伝いをしながら、
「ねえ、『一つ目ウサギ』って七不思議、知ってる?」
と尋ねてみた。祖母も母も、子供の頃は私と同じ小学校に通っていたから、知っていると思ったからだ。しかし彼女は知らないと言って首を振る。
「どんな話だい?」
と首を傾げるので先生から聞いた話を聞かせると、「ふうん」と鼻を鳴らした後暫くして、
「ああ、そうか。あはは。それはウナギだよ。ウサギじゃなくてウ・ナ・ギ」
と声を立てて笑う。
何が可笑しいのか分からずに首を傾げる私に、彼女はお八つの羊羹を用意してお茶を淹れ、
「ちょっと長い話になるけどね」
と自分は煮物の鍋を見守りながらこんな話をした。
私の通う小学校は、戦前までは扇状地を見下ろす高台に有ったのだという。戦後、扇状地の先の平野部に広がる水田の中に大きな道路と鉄道が整えられて駅が出来、その周囲に街が発展して人口が増え、新しい小学校が作られることになった。水田用の大きな貯水池があったのだが、その殆どを埋め立てて土地を確保したそうだ。
言われてみれば確かに、旧校舎の脇に小さな池と、同じく小さな朱塗りの鳥居付きのお社とがある。池の神様が今でもお祀りされているのだと祖母が言う。
暫くして高台の方の人口が減ると、高台に有った小学校と新しい小学校とが統合されることになったのだが、色々あって高台の方の小学校の名前を引き継ぎ、古い校舎も文化財としての価値が高いとかで移設され、今のような学校になったという。
「で、元々の池の言い伝えでね、祖母ちゃんが祖母ちゃんから聞いた話なんだけど……」
池がまだ大きかった頃、子供が釣りをしに行くことが多かったのだが、
「時折、一つ目の魚が釣れることがあったんだって。一つ目の魚は神様のモノだから、うっかり釣れたらそのまま返してやらなきゃ罰が当たるって言って……」
当時、川や水田への水路と繋がった池にはタナゴやドジョウが多かったが、子供達は大きな魚が釣れないと面白くない。そこで大きな餌を鉤に付けて狙ったのがウナギだったから、
「『一つ目ウナギは釣ったら祟る』って、皆教えられてたんだってさ」。
今では学校の敷地内の小さな池で釣りをする子供もいないし、水路もコンクリで綺麗になってウナギも見なくなったから、
「池のウナギの話が学校で飼ってるウサギの話にすり替わっちゃったんだろうね」
と、お玉で灰汁を掬いながら祖母はさも楽しそうに笑うのだった。
そんな夢を見た。
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