第六百二十五夜

 

しばらくぶりの雪道を慎重に運転したため、実家に到着したのは予定を一時間ばかり遅れ、冬至から間もない陽が傾き始めた頃だった。帰省はかれこれ三年ぶりだから、久し振りに孫達を見た父と母とは、
「大きくなった」
と繰り返して大いに喜ぶ。

車から荷物を下ろすと直ぐ、下の子は久し振りの雪に興奮して庭で遊ぶ子供達に、上の子はお節作りに精を出す女組にそれぞれ混ざって自分の居場所を見付けたようだ。

こういうとき男連中というのは役に立たないもので、買い出しなりなんなり、何か用事があれば声を掛けてくれとだけ言って父と弟は今年を振り返るニュース番組を流すテレビの傍らで将棋を指し始め、私もその脇で読書半分にそれを観戦することにする。

暫くすると台所から声が掛かり、食材やら調味料やらのメモが渡された。相変わらず将棋盤を挟んで唸っている二人に出掛けてくると声を掛けるが、どちらも生返事を返すばかりだ。
結局一人で買い出しに出掛け、二時間程掛かって帰宅すると直ぐに夕食となった。普段使いの食卓では足りぬのというで、父と弟と私の三人は掘り炬燵を囲んで乾杯する。

ホタテのヒモの佃煮をつまみながらビールを飲む父を見て違和感を覚え、直ぐに原因に思い至る。
「父さん、いつから左で箸を持つようになったんだ?」
と尋ねると、正に狐に抓まれたという顔をして、
「いや、いつからも何も子供の頃からずっと左だよ」
と笑う。

そんな筈がない。父は右利きだった。

母に似て左利きの私は幼い頃に、箸と文字だけは右でしろと、当の父から厳しく矯正されたのだ。食事の度に私の後ろに据わった父が「こうだ」と言って箸を持つ右手を手本に見せたものだった。もう何十年も昔のことだが、はっきりと覚えている。

助け舟を求めるように弟の顔を見ると、しかし彼は珍しい動物でも見るような顔で、何か思い違いでもしているんじゃないかと言うだけだった。

そんな夢を見た。